2011年11月7日月曜日

第178話 月の輝く夜に (その3)

谷中・よみせ通りをちょいと折れたすずらん通りは
映画の書割みたいな一角。
場違いにもそんな場所にポツンとあるイタリアン、
「エゾットリア」に来ている。
店のビジネスカードには
”北海道食材を使った下町トラットリア”とあった。
この界隈、下町とは呼べまいが雰囲気は下町風である。

いきなりの赤ワインは
キャンティ・クラシコ リヴェルナーノ’06年。
実力をじゅうぶんに備えた造り手による1本は
ピンクの市松模様を配したエチケットも愛らしく、
女性に例えるなら、さしずめ才色兼備といったところだ。

初っ端の一皿は根室産秋刀魚のマリネ。
まあ、その時期なら「エゾットリア」に限らず、
どこの店でも根室か釧路辺りの産であろうよ。
オレンジ風味のマリネはシチリア料理を連想させた。
もっともあちらは秋刀魚じゃなくて鰯だけど・・・。

定番のカプレーゼはモッツァレッラ・バジリコ・トマトの三色旗。
いわゆるトリコローレってヤツだ。
牛もつ煮込みは辛味を利かせたアラビアータ。
これは松の実をちりばめたドイツパンとともに食した。
フランスは別格として
ドイツのパンはイタリアのそれより旨いよネ。
もっともイタリアにはフォカッチャもあればピッツァもある。

食べるほどに飲むほどに
キャンティが微妙に変化して味蕾と鼻腔を楽しませる。
これが赤ワインの真骨頂。
赤とは最初から最後まで深くつき合わねばならない。
巷にはびこるテイスティングの名を借りて
何種類ものワインをチョコチョコ味わうスタイルは大嫌い。
当のワインだってそんな飲まれ方はされたくないハズだ。
あれでは見合い写真をパラパラめくるのと同じ、
相手とジックリつき合ったことにはならない。
写真パラパラで真の魅力に到達するのは不可能であろう。

さて、この夜もパスタは締めにお願いした。
いか墨を練り込んだ手打ちタリオリーニは
するめいか・トマト・水菜のコンビネーション。
生トマトと水菜のせいか少々水っぽく、あまり感心しない。
とは言え、気楽なイタめしを月の輝く夜に楽しむことはできた。

おっと、そう、そう、危うく忘れるところだった。
食事中にお行儀よくしていてくれたシェフの恋人のトイプードル。
実は彼女の名前がルナなのだ。
いやあ、こういう偶然ってうれしいものですネ。
何を隠そう、イタリア語でルナはお月さまのこと。
月の輝く夜に、瞳が輝くルナちゃんでありました。

=おしまい=

「エゾットリア」
 東京都文京区千駄木3-44-1
 03-3823-0553