2012年3月7日水曜日

第267話 あゝ 酔いどれ天使 (その2)

やって来た4人組に店の行く末を安堵して
心晴ればれ「大提灯」をあとにした。
だが、よくよく考えてみれば
平日の夕方から飲み始めるシアワセ者なんて
世間にそうそういるものではなかろう。
早い時間の飲み屋が空いているのは当たり前、
おのれの自堕落な生活のせいで見当違いの心配をしちまった。

隣りの「富久晴」には及ばぬものの、「大提灯」は悪くなかった。
ただ、時間調整の立ち寄りで大瓶2本は飲みすぎだろう。
まあ、この時点では当夜の酔いどれを
まったく予期しなかったのだから仕方がない。

本命「江戸一」の敷居をまたぐ。
相方の姿はなくともおっつけ現れるだろうと
接客の女性にいきなりのVサインを送った。
いや、これはVサインではなく、2人での来店を告げただけ。
ビールはじゅうぶん飲んできたから高清水の上燗を。
壁の品書きを見上げながら
定番の口なぐさみ、塩豆を口元に運ぶ。

コの字形のカウンターには独酌する男たちが居並んでいる。
ここはせいぜい二人連れまで、
三人以上は奥のテーブル席となるが
そちらへはまだ行ったことがないから
どんな光景が待ち受けているのか知る由もない。

カウンターの内側はやや高床の板敷き。
接客するのはお燗番を兼ねるベテラン女性と
単なるアルバイトなのか、縁戚筋なのか定かでないが
若い娘が一人乃至二人だ。
そしてコの字の一番奥では大女将が常連客と語らっている。
というのが毎度拝む景色である。

相方が到着して、いざ乾杯とと思いきや、
過労からくる体調不良で最初はウーロン茶ときたもんだ。
思いもよらぬ肩透かしながら
弱った身体に無理強いはできない。
どうやら今宵は一人飲みになりそうだ。
それでも酒盃とグラスをカチリと合わせた。

湯豆腐やら鴨つくねやらを食べさせるとヤッコさん、
次第に元気を取り戻し、燗酒をつき合うと言い出した。
無理はするなヨと言いつつも
一人酒より二人酒のほうがいいに決まっている。
これは川中美幸のお姐サンが証明してくれている。

そこで切り替えたのが菊正宗の一合瓶だ。
例のガラス瓶に王冠付きのヤツね。
いつの頃からか、やれ純米だ、やれ大吟醸だと
たいそうな日本酒が大手を振って歩くようになった。
ところがJ.C.、恥ずかしながら
ああいったおエライさんのありがたみが
ちっとも判っちゃおりませんのデス、ハイ。

正宗と名の付く酒がおおむね気に入りで
白鹿・白鶴・白鷹みたいに頭から白いのを冠ったのも好き。
いわゆる昔ながらの普及品が好みだ。
なぜって、子どもの頃に初めて飲んだ酒の味が
いまだにちゃあんとしてるもん。
初めてのオンナは忘れられないというが酒もまたしかり。

=つづく=