2012年3月30日金曜日

第284話 貝と鮪と一夜干し (その2)

浅草は雷門にほど近い、
かんのん通りの「志ぶや」でくつろいでいる。
下町の居酒屋や大衆酒場で鮪を食べるとき、
刺身よりもブツが正解というケースが少なくない。
けっこう違った部位がいろいろ混じっていて
ヴァリエーションを楽しめるのもいい。

この店は鮪ブツだろうが、小肌酢だろうが、〆さばだろうが
常におろし立ての生わさびをタップリと添えてくる。
これが何よりもうれしい。
築地の河岸で小さいのをまとめて買えばそうでなくとも
スーパーやデパ地下だと、いまだに非常に高価な生わさび。
これを店主がニセやマゼや粉わさびに切り替えたら
長い間にはその差額が積もり積もって蔵が建つところだ。
それをあえて本物で押し通す心意気を心から讃えたい。
この気概なくしてエンコの街で生き残るのは難しかろう。

毎度のことながらブツはなかなかのブツであった。
そこいらのチェーン居酒屋とはモノが段違いだ。
あっちは匂(にお)うが、こっちは香るのだからネ。
ヒドい店になると臭(にお)うのを出して来やがるものなァ。
奥からオヤジを呼びつけて試食させてやりたいものだよ、ったく。

対面(トイメン)のS倉クンはモグモグとよく食べるが
キリンラガーから移行した菊正宗のせいで
早くも頬を紅く染めている。
ここ数ヶ月、焼酎ロックの代わりに燗酒を飲むようになった。
今年の冬が寒いせいかもしれない。
いや、最近よく観直している仁侠映画のおかげかも。
やたらめったら酒を酌み交わすシーンが出て来るのでネ。

渡世人は焼酎をあまり飲まない。
少なくともヤクザ映画の世界では。
焼酎の出番は傷の手当てで
傷口にブゥッと吹きかけるときくらいだ。
連中は徳利の燗酒を酒盃に注いで飲む。
この際の所作の見事さは高倉健よりも池部良よりも
何たって鶴田浩二でしょうねェ。
思い出すなァ、不朽の名作「総長賭博」を・・・。

当方はこれ以上つまみを必要としないが
相方のために何か取ってやらねば―。
以前は見掛けなかった卓上の品書きを手にした。

厚あげ なす焼 いわし丸干(2尾) 各530円
焼とり 肉・もつ・つくね(各1本より) 210円
小鯛塩焼き 1370円  たらちり 1050円

リクエストを訊ねたら「おまかせしマス」との応え。
ふむ、それではと頼んでやったのがコレである。
                 柳かれいの一夜干し(840円)
会話の内容から鯵や鰯など、
青背のサカナが好みのようだがどうしてどうして
こちらに回って来たのはホンの一箸、
あとは1尾をペロリ平らげた。
口元のほころびから察するに
白身魚の繊細な旨みを堪能したのであろうよ。

「志ぶや」
 東京都台東区浅草1-1-6
 03-3841-5612