2012年4月26日木曜日

第303話 また観てしまった渡り鳥 (その2)

映画「渡り鳥いつ帰る」のハナシの続き。
この作品には昭和30年の浅草が活写されている。
地下鉄銀座線・浅草駅の階段を
岡田茉莉子が昇ってくるシーンは白眉。
”地下鉄”の3文字を鉄枠でデフォルメしたモダンな意匠が
昭和30年にすでに存在していたとは!
思わず身を乗り出していた。

階段を昇り切ったところで田中絹代と偶然に再会。
短い会話を交わしたあと、
岡田は雷門通りを横断し、馬道方面に走り去る。
まだ初々しい彼女の輝きがまぶしい。

国際通りの西側、西浅草は合羽橋通りにある、
どぜうの「飯田屋」も登場する。
建て替え前の小上がりには胸が熱くなった。
ここで夏のどぜう、冬のなまず鍋をつついたのは
1970年代も終わる頃のことだ。

森繁久弥と淡路恵子がくだんの小上がりで逢引きをしている。
勘定を済ませて店を出るときに東京大空襲の阿鼻叫喚の中で
離ればなれになった妻の水戸光子にバッタリと出くわす。
水戸は現在、暮らしをともにする織田政雄と連れ立っている。
妻子に未練を残す頼りない男を森繁が好演していた。

脇役陣もクセ者揃い。
”買春”にやって来る中村是好と藤原釜足がともに怪演。
たまらないキモさだ。
あんな客をとらにゃならない女はつらいよ。
何せ二人とも想像を絶する薄気味悪さだもの。

さて今回の観直しによるあらたな発見。
映画のラスト近くでヒョンな偶然から
関係のない二つの死体が心中として処理されてしまう。
堀切橋のたもとの草むらでは睡眠薬を服用した桂木洋子。
堀切橋からあやまって川に落下したのは森繁久弥。
かたや心中相手に逃げられた薄幸の娘、
こなたヤケ酒くらって泥酔したオヤジである。

ところが翌朝、
森繁の水死体が葛西橋に揚がる。
こりゃ、どう考えてもおかしい。
堀切橋も葛西橋も下を流れるのは荒川だけれど、
10キロ以上はラクに離れている。
ドザエモンが下流に流されたとしても
片方は草むらで睡眠薬、もう片方は水中で泥酔、
これを心中とするにはいささか無理があろうよ。

幸薄い娘やいいトコのお嬢さんがよく似合った桂木洋子。
準主役が多かったが結婚後は次第に仕事を減らし、
静かにゆっくりフェイドアウトしていった。
亡くなってちょうど5年が経つ。
その10年前に先立った彼女の夫は作曲家の黛敏郎である。