2015年7月10日金曜日

第1139話 偶然の澄ましバター (その9)

本家・ムスタキがフォーク調なのに対して
レジャニーはエレガントなシャンソン・タッチ。
相撲じゃないから軍配を挙げたりはしないが
どう聴いてもレジャニーが好きだ。

恋人との想い出が詰まった曲だから
ひいき目に、もとい、ひいき耳で聴いたのじゃない。
ニュートラルな位置に立って判断しても
明らかに分家が本家を凌駕(りょうが)している。

こんなケースはままあることで、たとえば中島みゆき。
マイ・ファイヴァリット・ソング2曲を例に挙げれば、
「しあわせ芝居」は桜田淳子、「雨」は小柳ルミ子のほうが断然いい。
そう、シンガーソング・ライターは歌うのが専門の歌手ではないからネ。
竹内まりあの永遠の名曲、「駅」にしてみても
中森明菜の歌唱のほうに心なしか気持ちを寄せたくなる。

ところでJ.C.はん、テーマの”澄ましバター”はどないしたん?
いや、ごもっとも・・・、そうでした、そうでした。
脇道にそれた自覚が本人にはないにもかかわらず、
いつもの悪いクセでハナシに弾みがつくと、
あらぬ方向に派生してゆくばかり。
キーボードをたたく指先がどうにもとまらない。

ロンドンのサウスウエストに棲んでいた時代。
相方・Michelleはけして料理好きじゃなかったが
そこは腐っても鯛、痩せても枯れてもフランセーズ、
一通りのキッチン仕事はテキパキとこなした。

彼女のレパートリー中、とりわけ好きだったのは
澄ましバターでソテーするソール・ムニエル・オー・ウッフである。
料理名はJ.C.が勝手に名づけた。
ソールは舌平目、ウッフは玉子、
若干異なるけれど、舌平目のピカタと呼んでも差し支えない。

いわゆるムニエルの周りに溶き玉子を掛け回し、
今一度、軽く火を通したものだ。
ドーヴァー・ソールのように立派な舌平目ではなく、
一般的にレモン・ソールと呼ばれる小ぶりなヤツだったが
とてもおいしかった。

今回の失敗が生んだ偶然の賜物、澄ましバターが生じたとき、
その香りで真っ先に思い出したのは帰り来ぬ若き日々。
そうだ! 何か作ろう!
視覚・聴覚が衰えたりといえども
味覚・嗅覚においてはまだまだ現役のJ.C.、
いや、久々に腕まくりしやしたネ。

と、意気込んではみたものの、独りキッチンで作成したのは
手間ひま掛からぬプレーン・オムレツでありました。
でも、これがパン食にはピッタリなんですわ。
以来、目玉焼きまでブール・クラリフィネで焼いております。

=おしまい=