2015年7月31日金曜日

第1154話 池波翁の「銀座日記」 (その1)

先頃、実に何年かぶりで書架の整理をした。
永井荷風の「断腸亭日乗」によれば、
先生はたびたび蔵書を虫干ししている。
書物と女性には丁寧にマメに接していたことがよく判る。

さて、マイ・ライブラリーであるが
やはり一番多いのが食べもの関連。
映画やオペラに関するものも相当な数にのぼる。
旅行ガイドなどは訪れた国もそうでない国も
情報が古くなったものは大量に処分することにした。

さて、小説である。
数のうえでは、先述の荷風、池波正太郎、
そして松本清張が抜きん出てベストスリー。
ついで浅田次郎といったところだろうか。

整理整頓していて1冊の文庫本に目が留まり、手が止まった。
500ページ超えでやや厚手の1冊である。
タイトルは「池波正太郎の銀座日記〈全〉」。
昭和58年7月から63年2月まで
5年近くに渡り、「銀座百点」に連載されたものだ。

「銀座百点」は地域ミニコミ誌の元祖。
銀座の老舗店舗が街の繁栄を目指して「銀座百点会」を発足させ、
月刊の「銀座百点」を創刊させたのが昭和55年のことである。

すでに池波翁の「銀座日記」は何度も目を通しているものの、
ここ数年はご無沙汰であった。
なつかしさのつれづれに開いてみたら、もう止まらなくなってしまった。
止まらない、止まらない、かっぱえびせんの如くなりけり。

そこで本話から数話に渡り、読者のみなさんとともに
本書を読み下していきたい。
中にはアンチ池波派もおられるだろう。
ときとして女性蔑視ともとられかねない文言の目立つ翁のこと、
女性の中には反発を禁じ得ない方も多かろう。

そんな方々にはしばらくスルーしていただくほかに手立てがありません。
お許しくだされ。

(痛風で銀座遠し)

 講談社の大村氏にさそわれて神楽坂の「寿司幸」へ初めていく。
 小ぢんまりとした気持ちのよい店で鮨もうまい。
 先客に二人の老人がいたわけだが、
 大村氏とわたしが外神田の料理屋「花ぶさ」の
 おかみさんのうわさばなしをしていると、
 やがて当のおかみさんがあらわれたので、びっくりする。
 もし、おかみさんの悪口でもいっていたならば、
 二人の先客からたちどころにおかみさんの耳に入ってしまうところだ。
 おかみさんに見送られて外に出る。
 「ほめてばかりいたのだから、よかったですね」と、大村氏。
 これだから、世の中は油断がならない。
 しかし、また、これだから小説の種がつきないのである。

「寿司幸」も「花ぶさ」もなかなかの佳店。
そう、壁に耳あり、障子に目ありの格言通り、
これだから人の悪口・陰口は戒めなければならないのですヨ。

=つづく=