2015年9月8日火曜日

第1181話 日暮れの里でたぐるそば (その1)

荒川区・日暮里。
この町の歴史は古い。
いにしえは新堀(にいぼり)と呼ばれていた。
赤穂浪士討入り(1702年)のおよそ四半世紀後、
享保の改革の頃には一日中過ごしていても
退屈しない町として”日暮らしの里”として江戸市民の人気を得る。
享保の改革となれば、
ときの将軍は例の暴れん坊、そう、徳川吉宗である。

JR日暮里駅のメイン改札口を西に出て
御殿坂を上ってゆくと、
ほどなく右手に月見寺の異名をとる本行寺。
往時、ここをたびたに訪れた俳人・小林一茶は

 青い田の 露をさかなに ひとり酒

酒飲みならではの句を詠んでいる。

門前をそのまま進むと、
界隈では一番人気の日本そば屋、「川むら」がある。
とある夕暮れに訪れた。
浅草からコミュニティ・バスのめぐりんに乗り、
谷中霊園前で下車し、霊園を横切って到着した。

御殿坂をもう2分ほどゆけば、
月見ならぬ夕陽見の名所、夕焼けだんだんが控えている。
階段下はプチ商店街の谷中ぎんざだ。
ここにやって来るための最寄り駅は前述の日暮里(荒川区)、
あるいは地下鉄千代田線・千駄木(文京区)のどちらか。
そして谷中自体は台東区だから、3区が入り乱れるエリアとなっている。

さて、そば店の「川むら」。
引き戸を引いて入店すると、
左右に食卓が並んでいるだけの実にベタなレイアウト。
にもかかわらず、いつも賑わっているのはどうしたわけだろう。
居心地がよいとはけっして思えない。
いや、むしろ悪いくらいだ。

食べる客と飲む客が半々か・・・むしろ酒を酌む向きが勝っていよう。
まるで町の大衆食堂とほとんど変わらぬ景色が広がっている。
気取らぬ雰囲気が気に染まっているのだろう、
かく言うJ.C.自身も訪問すること数回に及ぶのだ。

月曜日で苦もなく席を確保できると、
タカをくくっていたがとんでもない、空卓は1卓のみ。
やれやれ、アブナいところであった。
さっそく冷たいビール、そして合いの手に
水なすの刺身、青唐入りの玉子焼きを所望する。
この店の玉子焼きはもう1種、青海苔入りがあるが
ともにそば屋のつまみとしては気が利いている。
ヨソでは見掛けぬ一品につき、他店も倣ってほしい。

一息ついて店内を見回したところ、
場違いなカップルに目がとまった。

=つづく=