2015年9月10日木曜日

第1183話 日暮れの里でたぐるそば (その3)

さて、日暮里の「川むら」である。
佐渡の銘酒、北雪に合わせてお願いしたのは
水なす以上に好物の桜海老かき揚げだ。
日本そば屋の品書きにコイツを見掛けたら最後、
看過すること能わず、どうしても注文する羽目に陥ってしまう。
たとえその日はせいろだけでサクッといく腹積もりだったとしても
そうなるから厄介きわまりない。 

桜チャンが揚がるまで、さわやかな冷酒を楽しむ。
その間しばらくあって、くだんのカップルに運ばれたのは
1杯の生ビールと1枚のざるそばだけであった。

いやあ、苦肉の策だったんだねェ、
入店して着席し、英語のメニューまでもらった以上、
そのまま立ち去ることができなかったんだなァ。
その気持ち、よお~く判り申す。
何せ若い頃には似たような体験を何度もしているからネ。

またまた思い出ばなしで恐縮ながら、そのうちの一つを振り返る。
ときは44年前の1971年5月。
ところは音楽の都・ウィーン。
中央駅の構内だったか、あるいはその隣りの建物だったか、
記憶は定かでないが、とにかく大きなビルの2階であった。

貧乏な若者にとって場違いなほど立派なレストランに入ってしまった。
その日の夜にはウィーン発の列車で
チェコのプラハ、ポーランドのワルシャワを通り抜け、
ロシア(当時はソ連)のモスクワに数日滞在し、
ハバロフスク、ナホトカ経由で帰国する手はず。
経費はすべて事前に払い込んでいるため、
横浜までのあいだ、それほど金が掛かることもない。

そんな事情に加えて、少々高級なレストランといえども
ビールとサラダくらいにおさめておけば、
大した金額になるまいと踏んだのであった。
ところが甘かったネ。
19歳の少年の考えはまったく甘かった。
世間知らずというほかはない。

登場したのは洗面器ほどのプラッターに盛り込まれた、
豪華絢爛たる特製サラダでありましたとサ。
まるでエカテリーナ妃か
マリー・アントワネットがいただくようなヤツじゃんか。
当然、勘定書きはジャンプ・アップして想像を軽く超え、
頭の中をシラケ鳥が翔んでいった。

ハナシはウィーンから日暮里に舞い戻る。
一杯のかけそばならぬ、一枚のざるそばを分け合った、
外人カップル(おそらくフランス人だなアレは)の背中を見送りながら
こちらは北雪を飲み干した。

締めくくりは一杯のかけそば。
そこに半分残しておいた桜チャンのかき揚げをドボンと落とし、
実に美味しくいただいたのでありました。

=つづく=

「川むら」
 東京都荒川区西日暮里3-2-1
 03-3821-0737