2015年9月1日火曜日

第1176話 池波翁の「銀座日記」 (その23)

さらに(体の精密検査)の稿。

昨日から、山の上ホテルへ泊まっている。
きょうは所用をすませてから、地下鉄で銀座へ出る。
先ず、試写で観なかった[ブラック・レイン]を、日劇プラザで観る。
日米の俳優と大阪ロケによるアメリカ映画。
いま人気上昇中のマイケル・ダグラスと、わが高倉健の共演である。
監督は[エイリアン1]のリドリー・スコット。
高倉健は十五年も前に、シドニー・ポラック監督で、
大物スター、ロバート・ミッチャムを向うにまわし、
任侠道に生きるやくざを演じた、というキャリアをもっている。
[ザ・ヤクザ]である。
映画は成功というわけにはまいらなかったが、高倉のやくざはよく、
いまだに、決闘シーンのあざやかさが目に残っている。

[ブラック・レイン]は1989年にニューヨークで観た。
確かに健サンと、これが遺作となった松田優作が
マイケル・ダグラス&アンディ・ガルシアを食っていた。
食ったどころか、優作はアンディをなぶり殺しにしちゃったもんネ。
この映画を観たニューヨーカーの同僚たちは異口同音、
優作の狂気じみた惨酷さを語ることしきりだった。

[ザ・ヤクザ]は1975年(もう40年も以前なんだ!)にロンドンで観た。
やくざのしきたりにのっとって、ミッチャムが小指をツメるシーンは
ロンドナーの失笑を買ってしまったけれど、
なかなかに楽しめる作品だった。
あちらの映画誌にも”ラストのエンカウンターは必見!”とあった。
何たって、健サンの見せどころは
「昭和残侠伝」に代表される”討入り”であろうヨ。
翁は”決闘”とおっしゃるが、アレは”決闘”じゃなくて”討入り”。
最後通牒とてなく、いきなり殴り込むんだからネ。

(テレビづけの正月)

毎朝、焼穴子を食べている。
きょうは午後になって、今年、死去した友人・井手雅人の次女、
和歌子ちゃんが訪ねて来る。
顔つきばかりか、しゃべり方まで、井手君そっくりだ。
夜は、けんちん汁に牛肉のすき焼き。
ともかく寒くて身うごきもならぬ。
炬燵へ入ったら最後、もう出られない。
それにカレイの煮付けと柚子切りそばで夕飯。

食欲が失せた、というわりにはかなり食べてますなァ。
第一、けんちん汁とすき焼きを同時に食べるかネ。
挙句はカレイの煮付けときたもんだ。
変わりそばの柚子切りで締めるのはヨシとして
どちらも甘辛醤油味のすき焼きとカレイの煮たのを
一緒に味わう突飛な技には唖然とする。
こんなマネは凡人にゃ出来っこないぜヨ。
びっくりしたなァ、もう!

=つづく=