2015年9月9日水曜日

第1182話 日暮れの里でたぐるそば (その2)

日暮里は御殿坂の「川むら」にいる。
好物の水なすに箸を運びながらも
気になったのは1組のカップルだった。

おそらく店の性格を知らずに飛び込んでしまったのだろう。
二人の表情には困惑の色がありあり。
世間知らずの馬鹿者、もとい、若者でもなく、
ましてや修学旅行の学生でもない。
それは外国人のカップルであった。
歳のころは二十代半ばすぎであろうか・・・。

なかなか注文の品が決まらない。
どうやら英語のメニューを手にしているようだが
どうにも踏ん切りがつかない様子だ。
店側にもそれとなく二人を放置している空気が読み取れた。
こちらのほうがやきもきするヨ、まったく。

はは~ん、これはいかにも日本的、
かつ庶民的な店構えに惹かれて入店はしたものの、
品書きはちんぷんかんぷんだし、
それにもまして割高な値付けに当惑しているのではなかろうか。
そう、「川むら」は町場のそば屋よりはるかに高価なのだ。

好奇心豊かにしてお節介、加えて出しゃばりな性格のJ.C.、
彼らの元に馳せ参じ、一助の功を差し伸べようと腰を浮かせた瞬間、
お運びのアンちゃんが彼らのテーブルに近づいた。
とにかく無事にオーダーが済み、ホッと胸をなでおろす。
安心した当方はここで日本酒に切り替えた。
銘柄は佐渡の北雪である。
清純な香りにスッキリとした飲み口がステキだ。

この酒を初めて飲んだのはマンハッタンの「Nobu」。
ロバート・デ・ニーロが出資してトライベッカに開店した、
ヌーヴェル・ジャポネのレストランだった。
節をくり抜いた青竹に北雪を注ぎ、
氷を敷き詰めた木桶に差し込んで供する、
その演出には驚いたが、勘定書きには度胆を抜かれた。

そう、そう、「Nobu」といえば、こんなことがあった。
もう18年もの昔。
ある日曜日の午後に独り訪れてカウンターの端に陣取る。
隣り・・・といってもカウンターの端と端で
くの字型の隣り同士なのだが
その客の拡げて読む新聞がヤケにうっとうしい。

べつに文句をつけるほどじゃないので
迷惑な野郎だな・・・と思いつつも午後の独り酒を楽しんでいると、
一通り読み終えたヤッコさん、
おもむろに新聞をたたんで傍らに置いたネ。

見るともなし、ごく自然に横顔をうかがったJ.C.、
ビックラこいて椅子から滑り落ちそうになったじゃないか!
なんとその御仁、
映画俳優のデンゼル・ワシントンでありましたとサ。

=つづく=