2016年5月20日金曜日

第1364話 肉汁滴るメンチカツ (その1)

その夜は数ヶ月に一度くらい顔を合わせる仲間の食事会。
元カレーミュージアム名誉館長のO野チャンや
ブレッド研究家のA子サンたちの集いである。
別段、テーマがあるわけでもなく、
互いの近況や世間話をしゃべり合う気楽な会だ。

今回はたまたまJ.C.が幹事。
しばらく無沙汰をしている観音裏の「ニュー王将」に予約を入れた。
このエリアは観光客とはまったく無縁。
日本人さえ来ないから
近頃、激増している外国人の姿などまず見掛けない。
夜中に歩くときにゃ提灯が必要なくらいだ。

とまれ、「ニュー王将」は大好きな店である。
メンバーより早めに到着するつもりで
ひさご通りから千束通りを経て
以前、通い詰めた鮨屋の脇に差し掛かったとき、
だしぬけに呼び止められた。

「あら! オカザワさんじゃないの?」―
おやまあ、今は未亡人となった鮨屋の女将であった。
実は親方が昨年、他界している。
立ち話すること15分。
当時のいきさつやら、その後の顛末を知らされた。

思い出すなァ、かれこれ13年前。
自著「J.C.オカザワの浅草を食べる」の取材で
日々、浅草中をシラミつぶしに食べ歩いていた頃だ。
とある江戸前鮨屋のたたずまいに惹かれ、
立ち寄ってみたくなったものの、
待てヨ?
繁華街・浅草の喧騒から距離を置いた、
言わば場末の鮨店では
本わさびをを使いこなすのは難しいだろう・・・
このことであった。

それでも店先の暖簾に染め抜かれた、
電話番号を携帯にインプット。
その場を離れて同行のGFに電話を入れさせた。
女性だとことが穏便に運ぶからネ。
質問はただ一つ、本わさびの有無である。
固唾を飲むというほどでもないが結果を待っていると
受話器を耳にあてた彼女からやおら出たサインは
親指と人差し指のサークルである。

「何て言ってた?」―こう質すと
「本わさありますか? って訊いたら
 ウチはそれだけでやってます! 
 って叱られちゃった」

ベツに先方、叱ったわけでもあるまいが
まあ、頑固オヤジにはありがちなこと。
ところが電話に出たのは女将サンだというじゃないか!

ふむ、フム、ことここに及び、
相方に今一度、電話を入れてもらった。

=つづく=