2016年5月30日月曜日

第1370話 狸が呼んでるそば屋 (その5)

狸といえば、こんなことを思い出す。
あれは15年ほど前、信濃町の明治記念館だった。
夏のビヤガーデン「鶺鴒(せきれい)」で
二人の部下とともに納涼を楽しんでいた。
立ち入りはできないが目の前に広い芝生が広がる、
都内有数のビヤガーデンである。

何度か書いたことがあるけれど、
1970年代における都心のビヤガーデンは
東京プリンスが断トツのベスト。
続いて御茶ノ水は駿河台の「コペンハーゲン」であった。

それが今はどうだろう?
明治記念館と山の上ホテルになろうか・・・
あとは新高輪プリンスかな。
いずれにしろ、夏季限定の商売につき、
そんなに金も掛けられないし、
高望みするのはコクかもネ。

おっと、その「鶺鴒」であった。
21時頃だったろうか?
 ウエイターがラストオーダーを取りにやって来たので
中ジョッキをもうワンラウンド追加した。

ちょうどそのとき芝生の向こう奥、
木立の影から二匹の犬が現れた。
先頭を歩く大きいのに、あとから小さいのがついてゆく。
明らかに親子、そう思ったことだった。

ありゃりゃりゃ、瞳を凝らすとどうも犬じゃなさそう。
犬にしちゃ鼻が低めで丸っこいもの。
まさかとは思ったものの、接客のオニイさんに訊いてみた。
「あそこ歩いてるの狸の親子じゃないよネ?」
「ハイ、狸の親子ですヨ」
こちら三人、揃って
「ギョッ、ギョッ!」
いや、ビックリしたな、もう!

もっと驚いたのは「蛍の光」が流れる中、
(たぶん流れていたんだと思う)
親子がわれわれのテーブルのそばにやって来たじゃないの。
植木の陰からこちらを見つめる二十四の瞳、
もとい、四つの瞳がたまらなく可愛い。

いい塩梅に卓上には食べ残した鳥の唐揚げが2~3片。
放ってやると連中、歓んだのなんのっ、
生きる歓びを身体で感じておりました。
その証拠に親子揃って立ち上がり、陽気に踊り出したもの。
というのは冗談デス。

2年後、「鶺鴒」を再訪。
もちろん目当ては狸ッコロである。
夜が更けても現れないので接客係に訊ねると、
驚くなかれ、前年に捕獲して山に返したんだそうだ。

「山って、どこの山ヨ?」
「さァ・・・、存じません」
行く先は判明せずとも、J.C.には判ってるんだなァ。
カチカチ山に決まってらい。
おあとがよろしいようで―。

=おしまい=

「大和屋」
 東京都文京区本駒込5-58-7
 03-3821-2072