2016年6月2日木曜日

第1373話 北区の旅人 (その3)

はるか昔のヒッチコック映画、
ケーリー・グラント&エヴァ・マリー・セイントよろしく、
本駒込から北北東に進路を取って、北区を歩いている。

霜降銀座の地番は西ヶ原。
西ヶ原を突き抜けて都内唯一のチンチン電車、
都営荒川線の踏切を渡り、滝野川に入った。
戦後間もない1947年、
北区は滝野川区と王子区の合併によって誕生した。

荒川線・滝野川一丁目の停留所を背にしばらく直進して
首都圏有数の環状道路、明治通りにぶつかった。
ここを右折すると、見える緑は花見処の飛鳥山だ。
都内に桜の名所は数あれど、
咲き誇る花の下での酒宴となれば、
上野のお山、浅草の大川(隅田川)端、
そしてこの飛鳥山が御三家になろうか―。
 
かく言うJ.C.、2年前にここで宴を張ったが
ポジションの選択を誤ったせいか満足度はいま一つ。
もっとも花見の会場として上野も浅草も人出のわりにパッとしない。
わが気に入りのスポットは同じ大川沿いでも
ぐ~んと下って佃島のリバーサイドだ。
ここは23区内に残された数少ない穴場といえよう。

さてわれらの道行きである。
飛鳥山を回避し、明治通りをはさんだ向かい側、
音無川親水公園に下っていった。
ひんやりとした空気が首筋をなでてゆく。
ここは渓谷と言えなくもなく、
世田谷の等々力と並ぶ都内における異景だ。
 
立川談志も持ちネタとした、
落語「王子の狐」に登場するかつての料亭「扇屋」が公園内に健在。
今は持ち帰り専用の釜焼玉子だけを細々と商っている。
それでも没落した玉子焼き屋と侮るなかれ、
創業は何と1648年、都内最古の飲食店ではなかろうか?
 
せっかくだからと相方の手みやげ用に玉子焼きを買い求めると、
間違いなく母上からお礼の電話が入る。
さすれば長ばなしになること必至。
質問攻めに合うのでここはスルーの一手しかない。

北区役所を左に見ながら王子本町を真っ直ぐゆくと中十条。
右手に行けば京浜東北線・東十条、左手なら埼京線・十条だ。
どちらに進路を取っても
最終目的地は赤羽だからさしたる違いはない。

陽がようやく西に傾き始めた。
あたたかな夕刻、一日のうちでもっとも好きな時間である。
あゝ、ビールが飲みたくなってきた。

=つづく=