2017年7月13日木曜日

第1665話 大森で小盛り上がり (その5)

JR京浜東北線・大森駅の西北に潜む山王小路飲食店街。
俗称・地獄谷は芝居の書き割りの如くである。
深川・門前仲町の辰巳新道を大幅に拡げた感じだが
谷底にあるぶん、独立性が強く保たれて
来る者を拒む気配すら漂っている。

われわれの狙いはバーかスナック。
腹はいっぱいだからフードはもうムリ。
受け入れ可能なのは
別腹を活用してドリンクのみである。

固くドアを閉ざした店々の扉を開くのは
なかなかに勇気を必要とするもの。
いきなりドアノブを引くと、
止まり木に止まるスズメたちが一斉に振り向くし、
客を値踏みするママさんの訝しげな視線にも
耐えなければならない。

ところがこの夜は強い味方がいた。
ツレである。
扉を開くにしても女性のほうが断然好都合。
常連たちの警戒心は薄れ、
むしろこぞってウェルカム状態となり、
ママは歩み寄って声を掛けてくれるし、
料金システムに関する質疑応答も速やかに進む。

よってこの駒の活用を図らぬ手はない。
銭形平次よろしく、
「八、ひとっ走り、走りねェ!」
「ヘイ、合点だ、親分!」
てなもんや三度笠。

小当たりに当たりを初めて3軒目。
「C」という名のスナックに白羽の矢を立てた。
カウンターには常連が単身で2人。
中には和服姿のママ独り。
ちょっと見、還暦は超えていそうだ。

あまり記憶が定かでないが
この手の店には珍しくも生ビールのサーバーが据えられて
ソレをお願いした模様。
銘柄が好みだったのは覚えちゃいても
恥ずかしながら何杯飲んだかはアウト・オブ・メモリー。

しばらくすると常連の一人がカラオケを始めた。
これを機に客たちが歌い継ぐカタチとなり、
唄好きのツレは上機嫌である。
懐かしの小川知子や黛ジュンなんぞを歌っている。

どうにかこうにかささやかに盛り上がった大森の夜。
もっとも二人じゃ大盛り上がりってワケにもいくまい。
したたかに酔いは回っちゃいても
苦も無く地獄谷を這い上がることができました。

=おしまい=