2018年7月5日木曜日

第1908話 みちのくから来た女将 (その2)

渋谷区・幡ヶ谷の「のっこい」で生ビールを飲んでいる。
ほどなく、おかあさんのらっきょうが出てきた。
女将のおかあさんの手造りだ。
小粒のらっきょうは歯ざわりよろしく、
サラリとした味付けがまたよろしい。
いや、大手メーカーの既製品と比べようがないネ。

清酒に切り替え、栗駒山の吟醸をお願いすると、
女将がニッコリ微笑んだ。
彼女は栗駒山のふもとに拡がる宮城県・栗原市出身。
ふるさとの銘酒の受注を素直に歓んでいる様子だ。

吟醸酒を飲み終える頃、マカロニポテトサラダが整う。
けっこうな時間が掛かっている。
マカロニとポテトの混浴に無粋ながら箸を入れた。
ほのかな温みを残したサラダにすぐさま舌が反応。
ややっ、コイツはイケるゾ!

「ちょっとコレって、いま造ったの?」
「ええ、冷たいと美味しくないでしょ」
手の掛からぬ作り置きを注文したつもりが
届いたのは丁寧なオーダーメードであった。
今度はこちらが微笑む番である。

「帝国ホテルに見習わせたいくらいだなァ」
女将、再度微笑む。
いえ、帝国ホテルに他意があるわけじゃなく、
常用するほどの財力もない。
ふと思いついたことが口に出ただけだ。
われながらつくづくお調子者だと思う。

続いて同じ栗駒山の純米を所望。
そして油麩の玉子とじを追加した。
栗原市の隣りにある登米市の名物が油麩丼。
そのドンブリの御飯抜き、いわゆるアタマである。
カツ煮のトンカツの代わりが
油麩になったと想像していただければよい。

10年ほど前まで神田に近い新日本橋に
宮城米をウリにした弁当屋があった。
東京で油麩を見るのはそれ以来のことだ。
特段、美味しいモノでもないが
珍しさに懐かしさが加わり、食べたくなった。

客がうまいこと入れ替わり、店は常に満席。
オッサンに混じって若い女性の単身者も少なくない。
そのうち客同士の会話に花が咲きだし、
何だかスナックで飲んでるみたいだ。
それもこれも若女将の料理の冴えと、
巧みな客あしらいによるところが大きい。

地元の常連さんへの配慮から
お出掛けの際は独りか、せいぜい二人でお願いしやす。

「のっこい」
 東京都渋谷区幡ヶ谷1-4-1
 03-3372-6550