2019年6月10日月曜日

第2150話 「な兵衛」は「なへい」に非ず (その1)

締めのそばは要らなかったかも?
なあんて思いながらも
心を寄せるそば屋に10年ぶりでやって来て
そばを食わずに退店することなどできっこない。
そうだヨ、これでよかったのサ。

向かいの「な兵衛」に惹かれたわけは
ガラス戸越しに垣間見た店主の面貌と立ち居振る舞い。
常連客と談笑しながら注文をさばいてゆく姿に
言っちゃ悪いが、そこいらの下卑た料理人にはない、
控えめな品格を感じた。

「カウンター、テーブル、お好きなところへどうぞ」―
女将に迎えられ、当然のようにカウンターへ。
この店主の仕事ぶりを間近に見ておきたいからネ。
まっ、どんなときでも、どんな店でも
カウンターがあれば、テーブル席に着くことはない。
これもせいぜい3人までで、ときどき4人もあるが
その際はカドとカド、2:2のポジションに限られる。

とまれ、当方サッポロ黒ラベルの大瓶、
相方レモンサワーでこの日、二度目の乾杯。
突き出しは竹輪とこんにゃくの煮つけだ。
品書きからは越後の色が読み取れた。

当店の三大名物は
海老団子・牛肉豆腐・田舎ぞうすい。
中から海老団子をお願いする。
それに越後のっぺを—。

のっぺは日本各地にある、のっぺい汁の新潟版。
けんちん汁によく似ており、
宿坊で生まれた精進料理であるところも共通している。
他県では野菜中心の具材を胡麻油で炒めてから
煮込むことが多いが越後では、そのプロセスを省くそうだ。

のっぺに使われていたのは
里芋・にんじん・しいたけ・しめじ・こんにゃく、
加えて、打豆(うちまめ)である。
打豆とは大豆を臼と木槌で打ちつぶし、乾燥させた保存食。
つぶすことによって早く乾燥し、
熱の伝導もよくなって調理時間の短縮につながる。
主に日本海沿岸で作られており、中心は福井県だという。

なるほど、素朴な味がする。
ときとして、けんちん汁からは都会的な洗練を感じるが
のっぺい汁はより素朴で田舎風。
澄んだ汁のけんちんに対し、
のっぺいは片栗粉による濁りが生じるせいだろう。

=つづく=