2019年11月28日木曜日

第2273話 そば屋は昭和27年生まれ (その3)

数日後、かっぱ橋本通りに再び現れたJ.C.、
またもやまたいだのは「松月庵」の敷居であった。
気に染まるそば屋を見つけて
そこのそばを食わないことにはハナシにならない。
ただし、この日も昼どきにつき、晩酌はできない

本日のランチセットは1種(950円)のみ。
ミニ天丼と麺類の組合わせをもりそばでお願い。
天丼はミニとはいえ、立派な海老が2本に
ニードレスなカニカマが1本。
胡麻油香る海老天は素材、揚げ上がりともによく、
下町の天丼そのもの、前回の海老フライとは大違いだ。

ところが、どうしたわけか肝心のそばがイケない。
皿盛りの、いわゆる冷やがけだが
そば自体に香りもなければ力もコシもない。
つゆはOKながら、そばはシマダヤの袋麺並み。
これにはガックリと肩を落としたJ.C.である。

このとき背後から声を掛けてきたのが接客のご婦人。
彼女をオバちゃんと呼ばぬのは
言葉遣い、物腰に品があるからだ。
「うしろに書いてありますように
 営業は来週の土曜(16日)までなんです」
振り返って壁を見上げ、
「エエ~ッ! 閉業ですか?」
「いいえ、建て替えなんですのヨ」

この建物で営業を続けること51年。
客の安全を考えて建て直し、令和2年7月中旬に復活する由。
千駄木「砺波」は老夫婦が体力の限界を迎えたが
「松月庵」は建物の限界につき、これは直せば生き返る。
日程的に晩酌は難しくとも、かねてより気になっていた、
石臼挽き手打ちそばをぜひ食べておきたい。
接客のご婦人に伝えた。
「来週また、うかがいます」

その日の石臼挽き手打ちそばは
北海道川上郡弟子屈町摩周産、キタワセの十割打ち。
これが750円、天付きは1150円。
ここはちょいと奮発して天ぷら付きで—。

はたして・・・いやはや、ランチセットのそばとは別物だ。
つややかにせいろに盛られ、枯れて寂れた色合いは
今少し緑が勝てば、千利休が好んだ利休鼠となろう。
コシあくまで強く、噛みしめ感を存分に楽しめる。
つゆは前回同様、甘みを備えた町場感あるタイプ。
これはこれで好きだが薬味はちと残念で
大根おろし、似非わさび、切り口雑なきざみねぎ。

天ぷらの陣容は、大海老、なす、玉ねぎかき揚げ、カニカマ。
こちらは安定の揚げ上がりである。
とにもかくにも手打ちそばの美味さ忘れがたく、
新装なった際は稚鮎の天ぷらで一杯飲ってから
味わうことといたしましょう。

=おしまい=

「松月庵」(現在休業中)
 東京都台東区松が谷2-28-9
 03-3841-4927