2020年9月3日木曜日

第2473話 ナゼに中華でナシゴレン (その1)

台東区の南寄り、東西南北四辺を
新堀・清洲橋・蔵前橋・春日の大通りで囲まれた、
狭い一画に鳥越・三筋・小島の町々がある。

千貫神輿で有名な神社と、情緒を残すおかず横丁で
広く世に知られた鳥越はともかく、
用事がなけりゃ、誰も行かない三筋と小島。
ここで飲み食いしたことのある人は
下町通を自認して差し支えない。

かつての花街・柳橋に棲み暮らしていた頃、
遊び場はもっぱらエンコ(浅草)とノガミ(上野)だった。
ヘロヘロに酔っていてもフラフラと歩いて帰った。
浅草からはだいたい国際通り、たまに新堀通りを南下。
上野だと佐竹商店街を経由して小島を抜けるルートだ。

小島では町中華「幸楽」をたびたび通りすがった。
暖かい時期は店先のテーブルで
常連客がいつもワイワイやっていた。
いつか此処で飲みたいな・・・思ううちに引っ越し。
脳内備忘録からも自然に消滅していった。

その日は浅草橋で所用を済ませ、元浅草へ向かう途中。
「幸楽」に差し掛かり、店先で足が止まった。
数ヶ月前、グルメ雑誌で知ったのだが当店の一番人気は
ラーメンと半ナシゴレンのセット(800円)の由。

どうして町中華がナシゴレンに手を染めたかというと、
常連客にインドネシア出身の青年がいて
彼から手ほどきを受け、メニューに載せたらしい。
これがもしもスペイン人だったら
半パエリャになったハズと記事には書かれてなかったがネ。

ふ~む、ナシゴレンかァ。
この料理はインドネシア&マレーシアの国民食で
独自の調味料を使ったフライドライス、いわゆる焼きめし。
ナシ(飯)をゴレン(炒める)したものだ。
焼きそばならミーゴレンとなる。

シンンガポール赴任時代に何度か食したし、
新橋と銀座にあった「インドネシア ラヤ」、
六本木の「ブンガワン・ソロ」でも食べた。
日本人の食習慣が多様になったせいか、両店が閉じて久しい。
今も東京に残るインドネシア料理の老舗は
知る限り、渋谷の「アユンテラス」1軒となった。

通りすがりも多少の縁、吸い込まれるように店内へ。
カウンターに着いて例のセットをお願いした。
周囲を見渡すと単品の麺類が目立つ。
そりゃそうだろう、女性にはボリューム過多だし、
常連だって毎度同じものというワケにはゆくまい。

そうこうするうち、どんぶりと皿が揃って着卓。
さっそくラーメンのスープを一口。
ん? アッサリしてるのはいいが
出汁の旨みにもの足りなさが残る。
未紹介なれど、稲荷町にあるJ.C.御用達の町中華、
同名異字の「紅楽」に遠く及ばない。
名代のナシゴレンはどうだろう?

=つづく=