2012年7月13日金曜日

第359話 鮨屋でしのぶ安二郎

銀座・京橋・日本橋、
東京を代表する老舗がずらりと並ぶこのエリアで
イチ推しのランチとなれば、
京橋「明治屋」そばにある「京すし」の鉄火丼。
週刊「FRIDAY」のマイ・コラムを
”連読”してくれている方なら
深紅に映えるどんぶりを覚えておられよう。

コラムでは紙面が足りず、
筆が及ばなかったことどもをあらためて紹介してみたい。
これはアシスタントのH.S子嬢の取材によるところが大きい。
「京すし」は明治10年代後半の創業で
戦前は「魚岩」という仕出し屋だった。
現・親方は四代目。
古くからいる二番手の職人さんと
将来、五代目になる次男坊が親方を支える。
長男はヨソで修業しているが実家に戻る予定はないそうだ。

四代目は嘆く。
以前、たまたま目にしたネットの口コミサイトで
「京すし」は練りチューブのわさびを使っていると
根も葉もないデマを書かれ悲しい思いをさせられた。
以来、ケースの目に付く場所に生わさびを置くようにした。

この件についてはJ.C.も証言台に立とう。
何度も訪れているが
練りチューブや粉わさびを目にしたことはただの一度もない。
本わさびにこだわり続ける鮨職人は
貞操観念を美意識として貫く淑女に等しいのだ。

仕事で地方から地方へゆく友人が
東京を通過するときに拿捕した。
東京駅に近い「京すし」が何かと便利で赴いた。
夜訪れるのは数年ぶりのこと、親方の正面に着席する。

落ち着いたたたずまいの店内が素敵だ。
古く良かりし東京の空気が流れている。
小津安二郎の世界に踏み入ったかのごとくである。
もっとも小津は鮨にせよ、刺身にせよ、
生モノをあまり好まなかったようで
彼の作品にうなぎ屋は出てきても
鮨屋はなかったように記憶している。

ビールは「明治屋」との長いつき合いもあってキリン。
一番搾りの中瓶であった。
突き出しにあわびの肝煮が出た。
墨いかと小肌を少しずつ切ってもらう。
自分では頼まぬアジのたたきだが
友が注文したヤツをちょいとつまんだ。
これはこれでよいけれど、
やはりアジ・イワシ・サンマの類は酢で〆たほうが好みだな。
もう1品、〆さばをいただき、にぎりへ。

"蒸し”がなかったので”生”のあわびで始め、
北寄貝・ゆで車海老・赤身づけ・中とろづけと継いで
最後に穴子を持ってきた。
当夜は白身の不在が残念なれど、
この空間に身を置けただけでもシアワセな一夜となった。

「京すし」
 東京都中央区京橋2-2-2
 03-3281-5575