2013年11月22日金曜日

第714話 よみがえった珈琲 (その5)

コーヒーにまつわるハナシのつづき。
ハンバーガー屋と喫茶店、
たった2軒の訪問なのにずいぶん長引いている。
いい歳こいてから色恋沙汰に目覚めると、
われを忘れてのめり込むというけれど、
まさかこの歳になってわが人生にコーヒーがよみがえるとは―。

「やなか珈琲店」の2階席にいる。
目の前にはサントス・デカフェとハムチーズのホットサンド。
時刻は日曜日の13時を回ったところで
店内にはおだやかな時間が流れている。
意外にも年配者の独り身が目立ち、何やら孤独のグルメ風。

サンドの中身のハムは薄いがチーズはわりとミッシリ。
そして黒胡椒がバチッと効いている。
ボリューム感はなくともハンバーガーのフォローによいサイズだ。
思い起こせばホットサンド・メーカーで焼かれたサンドイッチに
初めて出会ったのは1969年、池袋西口の喫茶店「ネスパ」だった。
懐かしいなァ。
当時、この店に出入りするのはある種のステータス。
高校三年生はここで大人の香りをかいだのだった。

その後、「ネスパ」はどうなったんだろう?
好奇心を刺激され、ネットで調べてみたら
「ネスパ事務所」というのに突き当たった。
さっそくダイヤルすると、何やらどこぞへ転送されて
電話口に出たのはかなりのお歳のお爺さん。
見たわけじゃないから確証はないが
少なくともしゃがれ声はそう感じさせるにじゅうぶん。
すでに事務所のほうもたたみ、
現在はなんの営業活動もしていないとおっしゃる。
こりゃどうも失礼いたしました。

「やなか珈琲店」で翌々日の原稿も書き上げ、
時計を見るとまだ14時前である。
これからゆっくり帰宅の途につけばよいのだが
ものはついで、谷中銀座からよみせ通り界隈をぶらぶら。
夕焼けだんだんを上り、
日暮里駅のエスカレーターを降りて駅前広場へ。
目の前に1軒のスーパーがある。
晩酌のつまみでも買い求めるつもりで入店した。

ひと通り店内をめぐって目にとまったのは
インスタントコーヒーの瓶だ。
銘柄はネスカフェである。
 ♪ ラララ~ ラ~ラ ラララ~ ♪
ゴールドブレンドのCMのメロディーが瞬時に脳裏をかけめぐった。
いや、迷いましたネ、買うべきか、買わざるべきか・・・。

面倒くさがり屋につき、挽いた豆から淹れるなんてマネはできっこない。
せいぜいがインスタントであろうヨ。
決断して瓶に手を伸ばしたそのときにズボンのポケットがブルルルッ。
間の悪い電話を受けて店外に出ると、これがまた長電話。
どうにか通話が終わったときには日暮里駅の改札前にいましたとサ。

気勢をそがれたJ.C.、いまだわが家にコーヒーはありません。

=おしまい=

「やなか珈琲店 千駄木店」
 東京都文京区千駄木2-31-3
 0120-877-281