2015年8月18日火曜日

第1166話 池波翁の「銀座日記」 (その13)

(自作の展覧会)

初夏を想わせる快晴。
痛風はまだ癒(なお)らぬ。
姪が銀座へ買い物に行くというので煙草その他をたのむ。
午後は、三十年前に封切られたフランス映画、
[殺意の瞬間]をビデオで観る。
この映画が封切られたとき、
私は、まだフランスを知らず、パリを知らなかった。
映画の主要背景は中央市場(レ・アール)である。
私が初めてパリを訪れたとき、
中央市場は郊外に移されてしまっていた。
そのレ・アールにある、レストランのシェフ兼パトロンを
ジャン・ギャバンが演じる。

J.C.が初めてパリを訪れたのは1971年。
マドリッドから夜行列車のシュド・エクスプレスに乗り込み、
途中、ボルドーに1泊してからパリへ入った。
移転する前のレ・アールのことはよく覚えている。
映画のロケには最高の舞台であった。
市場脇の「オー・ピエ・ド・コション(豚足亭)」で
あまり旨いものじゃなかったけれど、
仔豚の足のパン粉焼きを味わったっけ・・・。

[殺意の瞬間]もボンヤリと覚えている。
これはTVの洋画劇場で吹き替え版を観た。
確か、シャンベルタン(ブルゴーニュの銘酒)と
コック・オー・ヴァン(鶏の赤ワイン煮)が登場したハズだ。

ときは変わって1990年代中頃、ニューヨークのマンハッタンに
「レ・アール」なるステーキハウスが開店した。
アメリカン・ステーキハウスはたくさんあったが
この店はその名が示す通り、フランス風のステーキをウリとした。
ときどき出向いてはフィレ・ミニョン(小さめのフィレステーキ)、
あるいはバヴェット(ハラミのステーキ)とフリッツ(フライドポテト)で
ピノ・ノワールのボトルを空けたものだった。

パリのレ・アールの跡地、
ポンピドー・センターを訪れたのは1997年。
一画に「豚足亭」は健在だった。
その際は豚足をやめて海の幸の盛合せと
舌平目のムニエルを食べたが
相変わらず料理のデキはよくない。
ただ、ただ、懐かしさに魅かれただけだったネ。

(吉右衛門の”鬼平”)

美空ひばりが死去した。
五十二歳である。
私は、ひばりの東京における初舞台を観ている。

=つづく=