2015年8月20日木曜日

第1168話 池波翁の「銀座日記」 (その15)

ひばりの稿を続ける。

横浜は日ノ出町交差点そばのウインズ前に
「松葉寿司」という鮨屋がある。
美空ひばりゆかりの店を訪れてみると、
店先に幼い頃のひばりの銅像が
夕日に染められて立っていた。

昭和28年の創業で
それ以前は甘味処だったようだが、ハッキリしない。
終戦直後の物資が欠乏している時期に
ひばり母子がしばしば遊びに来て、葛餅を食べていったという。
この当時、ひばりの実家の鮮魚店「魚増」は
すでに磯子区滝頭で開業していたようだ。

二代目となる現在の「松葉寿司」店主が
たまたまひばりと同い年で、言葉を交わすこともあった。
時は流れて大きく成長したひばりが磯子に御殿を建てると、
催事のあるたびに鮨を出前するようになる。

相方と二人、つけ台に陣取る。
三人連れの先客は店の常連とお見受けした。
こちらは電話予約の際に
特製ちらしに当たるひばり御膳(3150円)をお願いしてある。
そのほかにずわい蟹の爪をつまみにもらう。
御膳の内容はかくの如くであった。

マグロカマとろ2切れ・カンパチ3切れ・帆立貝・子持ち昆布・
焼き松茸玉子焼き・姫さざえ煮・栗渋皮煮・酢ばす・奈良漬け・
松茸土瓶蒸し・イクラ・酢めし・チーズケーキとフルーツゼリー

まずまずの顔ぶれが揃っているものの、
肝心の酢めしに難があった。
ケレン味が強く、酢・塩・砂糖がそれぞれに主張して
きわめて味付けが濃い。

久しく大衆的な鮨店の敷居をまたいでいないせいか
酢めしは受け入れがたいものがあった。
一品で焼き松茸をお願いしたときに
店主が今時期は焼いても旨くないと言った通り、
土瓶蒸しのほうがよかった。

マグロやカンパチは水準に達しており、
ここではそれをつまみに酒を楽しむほうがよい。
ただしわさびはニセわさび。
この夜はビールの大瓶一本に、
焼酎二杯を含めて約七千円の勘定だった。

お重の隅を飾る紫色のゼリーと
チーズケーキを抱き合わせたデザートは
店主が河岸で見つけてきたもの。
美空ひばりがもっとも好んだ紫色にこだわったのだという。

=つづく=