2015年8月28日金曜日

第1174話 池波翁の「銀座日記」 (その21)

日記の文中、[R]とあるのは銀座四丁目、
中央通りに面した、コアビル楼上の「楼蘭」のこと。
翁はこの店の焼きそばと春巻にはぞっこんだった。
かく言うJ.C.もここの什錦湯麺(五目そば)は好物。
銀座随一の中華麺だと思う。

それにしても熱帯夜に苦しんで眠れず、
仕方なく窓を開け放つとは、いったいどんな住宅環境下に
身を置いていたのだろう。
老人特有のエアコン嫌悪症候群に
とりつかれでもしていたのだろうか。
もしも酷暑に寿命を縮められたのだとしたら、非常に残念なことだ。

歯科医へ行く。
今度はよいとおもったが、帰宅して、物を口に入れてみると、
やはり、どこかちがう。
噛みにくい。
うんざりする。
外は目がくらむような猛暑。
その中を旭屋書店へ行き、マクベインの[カリプソ]と
シドニイ・シェルドンの[裸の顔]二冊を文庫本で買う。
寝しなに読む本がなくなってしまったのだ。
食欲がなく、体重二キロ減る。

今夜は、近くの家で夜半すぎまで、男女の高声、高笑いが聞こえ、
戸を開け放したままだから、モロに、こちらへつたわってくる。
午前一時になって、ようやく癒(や)む。
ガラス戸のところに寝ていた猫が、
おどろいて逃げるほどだから車輛の響音よりひどい。

何日か前にロース・カツレツや中入れ鰻丼を完食していながら
”食欲がない”もないもんだが
やはり年寄りの体調は、その日その日の日替わりなのだろう。

翁自身も愛読していた永井荷風のやはり日記文学、
「断腸亭日乗」の最晩年には毎日のように”午後浅草”の文字が見える。
荷風が浅草公園なら、池波は銀座の歯科医ときたもんだ。
近所の家の嬌声に悩まされるところなど、
隣家のラジオの騒音に辟易(へきえき)した荷風をしのばせて
おもわずクスリと笑っちまったぞなもし。

(女の猿まわし)

昨日、家人がデパートで韓国の松茸を買って来たので、
朝は松茸の炒飯にする。
旨い。
午後は歯科医行。
毎日、暑い。
熱帯夜がつづいている。
今夜は、ことにひどい。
夕飯は、家へ帰って、松茸のフライ。
旨い。
きょうは食欲が出た。

=つづく=