2015年8月31日月曜日

第1175話 池波翁の「銀座日記」 (その22)

松茸が大好物の翁であった。
韓国産もじゅうぶんに美味しいらしく、満足しておられる。
(女の猿まわし)の稿をつづけよう。

きょう新聞に、熊本のOLで二十七歳になるW・Mさんのことがでていた。
大手化粧品の会社に七年もいたW・Mさんは、
おそらく仕事に飽きてしまったのだろう。
突如、猿まわしになった。
そして、いま、熊本の、ある村にオープンした
[猿まわし劇場]の前座をつとめているそうな。

「キョロキョロせんで、自分で、しっかり立ってみい」とか、
「何やってるんだ、お前は。もっと足にちからを入れるんだよ」
などと、コンビの猿・じゅん君を叱り、
芸をおぼえさせるW・Mさんの声は女のものとはおもえぬほど野太い。
オスの猿は、婦人の猿まわしをなめてかかるという。
この七ヶ月でW・Mさんは三度も喉をつぶしたそうだ。
写真も出ていたが、現代の若い婦人としては、
まことにユニークな転身ではないか。
むろん、動物好きなのだろうが、
こういう記事を新聞で見ることは、何だかたのしいおもいがする。
厳しく猿を叱りつけながらも、見る眼には愛情がこもっている。
これを、この世界では「鬼面の愛」というそうである。

おやおや、ずいぶんと惚れ込んだものである。
老いた身体に俗世の世知辛さだけが迫り来る心境の翁には
女性の猿回しが一服の清涼剤になったのでしょう。
確かに微笑ましいものがある新聞記事ではありました。

(体の精密検査)

昨日は朝六時に起き、十時までに三井記念病院へ行く。
部屋は個室で、この前に入院したときと同じ部屋だった。
眼・歯・心臓の再検査。
やはり、年齢相応に少しずつ悪いところも出てくる。
仕方もないことだ。
この病院の食事はよいほうだということだが、やはり旨くない。
見舞客用のグリルでオムライスをこっそり食べる。

所用があるので午前十一時に退院する。
婦長が来て、数種類の薬を持たせてくれる。
帰宅して干し蕎麦をあげさせて食べる。
旨い。
何を食べても旨い。
夜は、おでんと茶飯。
ベッドへ入り、ぐっすりと眠る。
やはり、疲れていたのだろう。

ハハハ、お茶目ですねェ。
オムライスをこっそり・・・といっても有名人の翁のこと、
みんなに見られて、当然、医師たちにも報告がいってるだろうにー。
悪戯(いたずら)を隠しおおせたと、
一人合点しているところが何とも子どもっぽくてカワゆい。

=つづく=