2015年8月21日金曜日

第1169話 池波翁の「銀座日記」 (その16)

なおも美空ひばり。

「松葉寿司」のある宮川町の隣り、
野毛町に「パパジョン」なる空前絶後、唯一無二のバーがある。
横浜のみならず、東京にもファンの多い、
知る人ぞ知るユニークきわまりないスポットで
頭髪は喪失しているものの、
白い口ひげがキュートな偏屈おやじが
二度目のカミさんと実の息子の三人で営んでいる。

店内に流れる音楽はジャズとひばりのレコードだけだ。
ジャズバーと言うより、ジャズ&ひばりバーと呼ぶのが正しく、
うっかりスナックなんぞと口を滑らしたりすると、
店主どころか常連に張り倒されそうな店なのだ。
開店して四十有余年、
一日たりとも店を開けなかった日がないのが
何と言っても最大の自慢。

予備知識は言うに及ばず、
その存在すら知らずにフラリと入ったのは
かれこれ五、六年前のこと。
何となく気に染まってしまい、それ以来、
年に一度は止まり木に止まっている。

横浜に泊りがけで出向くのは年に二度ほどだから
二打数一安打、けして悪い数字ではない。
この店での楽しみの一つは
膨大なコレクションのひばりのレコードから
好きな曲をリクエストできること。

訪れるたびに同じ曲をお願いしている。
それがマイ・モースト・フェイバリット・ソングの
「むらさきの夜明け」なのだ。

「真赤な太陽」の大ヒットに気をよくしての、
ひばり・ブルコメ・吉岡治・原信夫のカルテット・コラボ第二弾。
思惑はずれて不発に終わったが
つらいとき、悲しいときに勇気を与えてくれる名曲だと思う。

「松葉寿司」のオヤジさんに、ひばりの好きな色が”紫”と聞いたとき、
瞬時にこの曲を思い起こした。
これはきっと、ひばりが作詞家の吉岡治に
おねだりして書いてもらったに違いない。

とここまで稿を書き進めて
ふいに「むらさきの夜明け」が聴きたくなってしまった。
ちょっと失礼して、CDラックへ。

う~ん、いいカンジ ♪ 明日も頑張ろっと!

とまあ、こんな具合でござんした。
読者におかれては長々とおつき合いくだざり、
まことにありがとうございました。
次話からまた池波翁の「銀座日記」を読み進みます。
 
=つづく=