2015年8月27日木曜日

第1173話 池波翁の「銀座日記」 (その20)

亡くなる前年の夏には「野田岩」の中入れ丼を平らげていた池波翁。
中入れ丼というのはごはんの上に通常通り、蒲焼2切れ(1尾分)。
加えてごはんの中にも1切れ(半尾分)ひそませた、
豪華版で食べ出もじゅうぶんだ。

J.C.にはとても食べきれるものではなく、
ハナから注文する気などさらさらない。
1尾でも多いくらいだから晩酌のあと、
ドンブリ5~6分目のごはんにうなぎ半尾がちょうどよい。
それもアッサリめのシモ(下半身)がいいな。

これは鮨屋、あるいは天ぷら屋の穴子にも言える。
あまり食べつけない鱧(はも)は知らないが
うなぎも穴子もデリケートな下半身が好きだ。
人間のオンナも下半身が好みだろ! ってか?
いえ、いえ、女性はやはりお顔の付いてる上半身でしょう。
そいでもって、たまにチョコッと下半身のお世話になるのが好手でしょうヨ。

ヨタ話はこれくらいにして、翁のことだ。
何も銀座から日本橋までうなぎを食べに出向き、
そのあとすぐ銀座四丁目の和光にとんぼ返りしなくてもねェ。
銀座には和光のはす向かいに「竹葉亭 銀座店」があるじゃないの。
J.C.は「野田岩」より「竹葉亭」を推したい。

なぜか?
まず第一に「竹葉亭」にはうなぎのほか、鯛茶漬けと鮪茶漬けがあり、
どちらもなかなかの美味しさを誇っている。
第二に料理も酒も割安感に勝っている。
数日前、久しぶりに訪れ、あらためてその感を強くしたところだ。

真鯛の刺身をおかずに温飯(ぬくめし)を食べるのが大好きだった翁、
「竹葉亭本店」には行っているのに
どうして銀座店を利用しなかったのだろうか。
おそらく”茶漬け”の文字に惑わされたのだろう。
この店の鯛茶漬けをいきなり茶漬けで食べる客などいない。
まずは胡麻だれに漬かった真鯛の刺身で温飯をいただくのだ。
J.C.など最後まで付き添いのほうじ茶を使わぬくらいである。
翁はそのことに思いが至らなかったものとみえる。

日記に戻ろう。
いまだに(夏のロース・カツレツ)のつづき。

午後から銀座の歯科医へ行く。
おもいの外、早く終ったので、久しぶりに東和の試写室で
[想い出のマルセイユ]というイヴ・モンタンの映画を観る。
モンタンの半生をミュージカルにしたもので、
アメリカのミュージカルとは違う、いかにもフランス風のレヴュー感覚。
何ということはないが、七十に近くなってから、
初めての我子をもうけたモンタンが元気一杯で、
気楽に、たのしげに演じている。
この暑いときに、老いたモンタンの若々しい姿を観るのはたのしかった。
終って、久しぶりに[R]へ行き、春巻二本、エビの焼きそば。
口に慣れた味だから、安心して食べる。
夜は熱帯夜となって、なかなか寝つけない。
仕方なく、窓を開け放ち、ようやく眠る。

=つづく=