2016年4月29日金曜日

第1349話 ズブロッカは桜餅の匂い (その1)

池袋の酒場でヘンなオジさんに話し掛けられた。
おかげで昼から飲み過ぎた。
そういやあオジさん、
志村ケンにちょっと似ていなくもなかったな。

さて、その日の夜である。
男と女が二人づつ、計四人集結したのは
本郷菊坂下のロシア料理店「海燕」。
店名はゴーリキーの詩、「海燕の歌」にちなむ。

数週間前にもここでニューヨーク時代の仲間たちと
リユニオンを開催したばかりである。
その夜はウォッカとズブロッカを痛飲したが
今宵も二の舞を踏みそう。
何せ顔ぶれが顔ぶれ、四人が四人とも酒飲みだからネ。

池袋から帰還したあと、
”夜戦”に備えて1時間ほどうたた寝をした。
「海燕」の最寄り駅は地下鉄の都営三田線・春日。
身体がダルいのであえて電車を使わず、自宅から歩いて行った。

定刻に全員集合となり、乾杯はキリン・ハートランドの生ビール。
アルバイトの女の子が注いだジョッキは泡だらけで
泡嫌いのJ.C.にとって最悪の状態だった。
欧米人ならまず間違いなく文句が出るネ。

他の三人はべつに気にもせず飲んでいるが
こちらは即刻、ロシアの瓶ビール、バルティカを注文する。
自らの手で静かに注げるシアワセよ。
瓶のありがたみを実感しながら自分で自分にあらためて乾杯。

普通ならここで長渕剛の「乾杯」となるところなれど、
好みの歌ではないから割愛する。
一方、庄野真代の「モンテカルロで乾杯」は好きだが
今回は自粛しておくとしよう。

集まったメンバーは以前、ワイン会をともに催したり、
自著の編集担当だったり、遠慮の要らない連中。
それぞれ互いに初対面はなくとも
まったく同じ顔ぶれの集まりは初めてかもしれない。
近況の報告後、話題はワインの掘り出し物や
長引く出版業界の不況などに移ってゆく。

電話予約の際にお願いしてあった、
ザクースカの盛合せが運ばれ来た。
「海燕」に限らず、ロシア料理店を訪れたら
いの一番にこのプレートである。

ザクースカは冷前菜のこと。
フランス料理の前菜ならば、冷・温揃っているが
ロシア料理に温前菜はまずない。
なぜか?
温かい料理は国民酒・ウォッカに合わないからだ。
合わないどころかジャマになるくらいなのだ。

=つづく=