2018年5月14日月曜日

第1870話 中華の細うで繁盛記 (その1)

千葉県・松戸市の緑ヶ丘。
1980年をまたいで6年ほど暮らした平和な町である。
最寄り駅は松戸から新京成線で一つ目の上本郷。
ターミナル駅の松戸まで歩けない距離ではなかった。

駅前の商店街をちょいと入った小道に
「大八北珍」なる町の小さな中華屋が
オープンしたのは’70年代の終り頃。
若い夫婦が独立して開いた店だった。

ほどなく二人のあいだに赤ん坊が生まれ、
奥さんは乳飲み子を背中におぶって接客に励んでいた。
いや、バイタリティにあふれてたなァ。
拍手を送りたくなるくらいだった。
旦那はおとなしい人であまりオモテに出なかったから
若女将が孤軍奮闘しているようにも見えた。

緑ヶ丘を離れたのはシンガポールに赴任した1983年。
あれから幾星霜、懐かしさに後押しされて
27年ぶりに「大八北珍」に立ち寄ると
店は目抜き通りの商店街に移転していた。
立地条件のよい角地で広さもかなり拡張されている。

そのときはランチのため、長居はしなかったが
厨房内にチラリと女将の姿を見とめることができた。
ここまで発展させたのは店主の腕もさることながら
女将の細うでによるところが大きい。
今は昔、静岡の温泉旅館を舞台にした、
「細うで繁盛記」というTVドラマがあったが
こちらは町の中華屋版だネ。

このGW、8年ぶりに訪れた。
相方もまた、当店を利用したことがある御仁だ。
入店すると件の女将が厨房で元気よく中華鍋を振っていた。
とうに還暦を超えているハズなのに―。

老眼鏡(?)のお世話になっているものの、
髪はキチンとセットされている。
聞くところによれば、
今や当店は”上本郷の台所”の異名をとるそうだ。
町を代表する大店(おおだな)に育て上げ、
暮らし向きもずいぶんよくなったんだネ。
何となくうれしい。

奥のテーブルに進む際、一瞬彼女と視線が合ったものの、
別段、これといった反応はない。
そりゃ、そうだろう、客は店の人を覚えちゃいるが
常連でもないかぎり、その逆はないやネ。
ましてやあれから数十年である。
さもありなん。

=つづく=