2019年4月4日木曜日

第2103話 花はみな 散りゆきて (その1)

ひと月前のとある午後、散歩の途中だった。
鼻腔くすぐる魅惑の匂いに、思わず辺りを見回す。
飲食物、いわゆる口に入るものは別として
この世の中でJ.C.がもっとも愛するのは
沈丁花の匂いである。

前話で紹介した谷中・初音小路からほど近く、
七面坂を下り切った先の1軒のおウチ。
玄関脇に純白と薄紅紫の花をつけた、
沈丁花がそれぞれ一株づつ。
辺りに人影のないのをこれ幸いに
顔を近づけて嗅ぎまくったことだった。

以前、自著の編集者から
沈丁花の香りの香水があることを聞いたが
わが人生において未だ、
その香水をまとった女性にめぐりあっていない。

先日、新聞(3月29日付け)のとあるコラムに目がとまった。
タレントの清水ミチコが綴る「まぁいいさ」。
今回のサブタイトルは「鼻は春開く」だ。
一文を紹介したい。

ちなみに沈丁花の読み方は
「ジンチョウゲ」でも「チンチョウゲ」でもいいらしいですが、
私はだんぜん「チンチョウゲ」の方が
可愛らしくて好きです

まったくもっておっしゃる通り。
J.C.も断然、「チンチョウゲ」である。
「ジンチョウゲ」では響きが悪すぎて
あのかぐわしい花の特徴を表していない。
前々から気になってしょうがなかったのだ。
ミッチャン、よくぞ書いてくれました。

子どもの頃のわが家では
というより、ウチの母親もこの花が大好きで
ずっとチンチョウゲと呼んでいたから
父も息子たちも自然に聞き覚えており、
いまわしいジンチョウゲの呼称は
大人になって初めて知って愕然としたものだ。

匂いを嗅いだチンチョウゲは散ってしまったが
そのお宅から、そう遠くないマンションの入口に
一株のローズマリーが植わっているのに
気づいたのは3年前のこと。

先日、そこを通りすがると、
ローズマリーが一輪の可憐な花をつけていた。
ラベンダーより淡く、
藤の花よりは濃い紫色の花弁だった。

=つづく=