2019年4月16日火曜日

第2111話 桜散れども 桜刺し (その4)

JR総武線・浅草橋駅に近い「むつみ屋」。
昭和の空気漂う大衆的な酒場にいる。
お運びのオネエさんのほか、
カウンター内には店主夫妻。
おそらくお二人とも古希をすぎているだろう。
それでも元気に立ち働いておられる。
女将さんは今もチャーミング。
若い頃はかなりの美形であったことだろう。

J.C.のあと、すぐに常連と思しきオジさんが入店。
1席空けず、すぐ右隣りに着く。
そこが定席なのか、はたまた定席をJ.C.に奪われたのか、
その点ははっきりしない。
店の3名とそれぞれに親しく言葉を交わすところをみると、
常連も常連、大常連であることは明らかだ。

この御仁もビールの大瓶。
銘柄指定なくともサッポロ黒ラベルが供された。
彼が通したつまみはウインナー炒め。
ちょいと意表を衝かれたものの、
年配者にウインナー好きは意外と多い。

子どもの頃によく食べたか、
いつも魚肉ソーセージを食わされて
多少なりとも豚肉の入ったウンナーに
憧憬の思いを募らせたか、そのどちらかであろうヨ。

頭上に品書きがあるが
ほぼ垂直に見上げなければ目に入らない。
あまり入念に吟味すると首が疲れるので
ときどき視線を戻して首をグルッと回す。

ビールのアテのごま和えは
ほうれん草の湯切りが不十分なせいか少々水っぽい。
ずいぶん以前のことだから
何をつまんだのかまったく覚えちゃいないが
料理に秀でたものあれば、足繁く通ったことだろう。
そうならなかったのは印象が薄かったためだと思われる。

当店の名代は”さくらさし”である。
桜刺しはいわゆる馬刺し。
ふ~む、桜の散ったあとで桜刺しかァ。
こりゃまた小粋じゃないの。
まずはコイツに乗って、パカパカとまいりましょう。

注文の際にオネエさんから
「しょうがとニンニク、どちらにしましょう?」—
そう訊かれて
「両方というのはアリですか?」—
こう応えたのだった。

=つづく=