2019年4月22日月曜日

第2115話 富山湾の恵み (その3)

浅草の街に今も残る昭和、
「ひろ里」のカウンターに二人。
小鉢の中に燦然と輝く、いく匹かの蛍いかに瞠目している。
小さいなりに丸々と太って、その身ははち切れんばかり。
まごうことなき富山湾産は上物中の上物である。

スーパーに出回っているものは主に兵庫県産。
浜坂漁港に揚がる通称・浜ほたるだ。
日本海全域に分布する蛍いかだが
二大産地は兵庫県の日本海沖と富山湾。
温泉で有名な城崎の西30kmに位置する浜坂と
富山湾は能登半島を挟んでかなり離れているものの、
ともに棲息には適した環境下にあるのだろう。
驚いたのは漁獲高の大きな開きだった。
浜坂だけで富山湾全域の2倍を軽く超えるという。

漁獲量では後れをとっても
食味の点では富山湾が圧倒する。
兵庫の蛍いかは小さな身に張りがなく、
内臓のコク味にも劣り、文字通り味気ない。

この違いはどこから生まれるのだろう。
富山湾は天然生け簀の異名を取るほどに魚介の宝庫。
やはり海の深さが重要で、遠浅の海だとこうはいかない。
① 駿河湾 ② 相模湾 ③ 富山湾
これを日本三大深湾と呼ぶそうだ

①が断トツで深いが、③も最大深度1000m以上に達する。
冬のあいだ、深海でじゅうぶんに栄養を蓄えた蛍いかは
晩春になって産卵のため、
浅瀬に揚がって来たところを捕獲される。
美味の源は深い海にあった。

ボイルされた蛍いかを辛子酢味噌でいただいてみると、
口中に拡がる旨みはフォワグラや鮟肝の上をいく。
思わず身悶えするほどである。
これには大吟醸じゃもの足りなく、豪腕・剣菱がピッタリ。

続いてお願いしたのは甘鯛の焼き物。
シンプルなひと塩がまことにけっこう。
ここで、はたと心づいた。
富山湾は甘鯛も産するハズ。
振り返れば、突き出しのバイ貝だって富山湾の名物だ。
産地を訊きそびれたが
「ひろ里」は富山の魚介を主として扱うのかもしれない。

静寂を破るように若者のグループが入店してきた。
これを潮にこちらは退散することに―。
そのとき奥から女将の声が聞こえてきた。
いや、姿が見えないので女将かどうか定かでないが
おそらくそうだろう。
とにかく、ご存命でよかった。

静か過ぎて独り酒は窮屈に感じる向きがあろうとも
大人同士の逢瀬にシックリくる小粋な酒亭「ひろ里」。
ただし、近所にラブホはございません。

=おしまい=

「ひろ里」
 東京都台東区浅草1-32-13
 03-3841-9264