2019年4月15日月曜日

第2110話 桜散れども 桜刺し (その3)

鳥越神社の境内は静まり返って人の気配がない。
フィクションではるが、この場所は
浅田次郎著、”天切り松シリーズ”の文庫版、
「天切り松闇がたり 2 残侠」における、その名も「残侠」。
いわゆるタイトルロールの舞台となった。

清水の次郎長の二の子分、小政こと山本政五郎。
時代に取り残された侠客もすでに老境の身ながら
この境内で大立ち回りをやってのける。
人生最後の花道を自ら開いてお縄につくのだった。
ハナシがそれて、しかも長くなるから止しとくが
浅田次郎の金看板は
この”天切り松シリーズ”でありまっしょう。

蔵前橋通りを挟んで神社の向こう側は浅草橋。
本郷の東大から、人形店の立ち並ぶ浅草橋まで
ずいぶんと歩いたもんだ。
途中、道草をしたので時刻は16時を回っていた。

晩酌にはまだ早いか・・・。
中休みのない日本そば屋にでも入るか・・・。
つらつらと思いをめぐらしていると、
1軒の酒場がぼんやりと浮かび上がった。
もう十年以上おジャマしていない「むつみ屋」である。

あすこは確か週末に限り、
開店時刻を繰り上げて16時のハズ。
界隈では地元客の人気を集めているけれど、
いきなり満席なんてことはないだろう。

浅草橋、そして隣接する柳橋では
行列のできる店など皆無。
この地に長く暮らした身ゆえ、状況は把握している。
平日はそこそこ賑わうものの、
週末ともなれば人の数より、
人形のほうが多いくらいだからネ。

16時20分、「むつみ屋」の暖簾をくぐった。
案の定、店内はガランとしていた。
それもそのはず、先客ゼロなのだ。
お運びのオネエさんにカウンターをうながされ、
6~7席あるうち、ほぼ真ん中に着席。
こういう地元に根差した酒場では
おおむね奥の端は常連専用。
間違ってもなじみの薄い客が占めるポジションではない。

開口一番、スーパードライの大瓶を所望。
いやはや、よく歩いたから旨いのなんのっ!
まっ、歩かなくても旨いんだがネ。
突き出しはほうれん草のごま和えだった。

=つづく=