2019年4月29日月曜日

第2120話 行人坂下ル 禿坂上ル (その1)

その日の午後。
東京メトロ南北線の電車を降りたのは目黒駅。
気象庁発表の天気予報は終日晴れて陽射しに恵まれ、
気温もかなり上がるとのこと。
それを鵜呑みにしてしまい、
素肌に薄手の長袖シャツ1枚で家を出て来たものだから
歩き始めてすぐに後悔。
曇りがちだし、何よりも吹く風が襟足に冷たい

長いことヘアカットを任せているK子チャンの店が
品川区・西五反田にオープンして約ひと月。
今日はそこで初めて髪を切ってらうのだ。

目黒駅から西方へ下るキツい坂は行人坂。
街のメインストリート、権之助坂の南側に位置している。
行人は”ぎょうにん”音じて
行者(ぎょうじゃ)、いわゆる仏の道を修行する者のこと。
これを”こうじん”と読むと、道行く人、あるいは旅人を指す。

とにかく、この急勾配は下っていて身体がつんのめるほど。
明るいうちならまだしも、
暗くなったら冥界に引きずりこまれそうな心持ちになる。

♪   まっさかさまに 堕ちて desire
  炎のように 燃えて desire  ♪

突然、明菜のパンチある歌声が耳朶に響いてきた。

途中、すれ違った外国のご婦人は
ハアハアと息を切らせていた。
おそらく米国人だろうが
英語だろうと、仏語だろうと、日本語だろうと、
ハアハアはハアハアで変わることはない。
ついでに犬だってライオンだって一緒だ。

大円寺に差し掛かった。
元は大日如来堂のあったところで
この辺りに多くの行者が住みついたのが
行人坂の名前の由来となったらしい。

そして明和9九年(1772)の惨事。
大円寺は江戸三大大火の一つに数えられる、
行人坂火事の出火元となった。
世は悪名高き田沼時代。
明和9年の災厄だったことから
江戸の人々が”めいわく(明和九)の年”と言いふらし、
世相が不安定になったので、幕府は元号を安永に改めた。

振り返って今、改元を明後日に控えて
くれぐれも令和が明和の轍を踏まぬよう、
祈ってやまぬ、時代に寄り添うJ.C.でありまする。

=つづく=