2019年4月19日金曜日

第2114話 富山湾の恵み (その2)

浅草はかんのん通りのアーケードを進む。
すぐ右手にある「志ぶや」をのぞくと、
8割ほどの埋まり具合。
カウンターに何とか二人、滑り込めそうだ。
だけどなァ、せっかく喧騒から脱出したのに
再び賑やかな店に入るのも何だかねェ。

静けさを求めてもう一つの候補店に向かった。
新仲見世通りを横断するとアーケードは途切れるものの、
依然としてかんのん通りである。
左折して裏路地にたたずむ「ひろ里」の引き戸を引いた。

昭和の面影を残す大衆割烹は静謐そのもの。
だって先客がゼロだもの。
見覚えのある店主のほかに板前がもう一人。
女将の姿が見えない。
あまりに久方ぶりの訪問につき、
だしぬけにことの経緯や現在の状況を問うのははばかられる。

携帯で相方を誘導して、おもむろにぬる燗をお願いした。
銘柄は灘の生一本、剣菱である。
永正2年(1505)の創業は
この国で最も古い酒造メーカーの一つと思われる。
500年以上も当時の味を守り続けているという。
どっしりとした飲み口は
当世流行りの吟醸酒の対極に位置する。

突き出しのバイ貝煮をつまみながら
独酌で酒盃を重ねた。
バイ貝は薄口の上品な味付けだ。
この小品だけで、この店の力量を感じる。

品書きを吟味するうち、相方が現れた。
さっそく当店の主力メニューであるおでんから
好みの種を択ばせる。
当方はおでんに食指が動かずパス。

初めに通したのは蛍いかの酢味噌。
概してイカ類は好きである。
あえてベストスリーを挙げれば、
墨いか、槍いか、蛍いかになろう。

煽りいか、白いか、赤いかは食味に優れているものの、
なかなかお目に掛かれなかったり、
出逢ったとしてもあまりに高価だったりと、
たやすく庶民の口に入らないのが悩ましい。

供された蛍いかは実に美しい。
箸をつけなくとも
この小さな生きものの美味を確信した。
富山湾の産に違いあるまい。

=つづく=