2019年4月17日水曜日

第2112話 桜散れども 桜刺し (その5)

浅草橋に古くからある酒場「むつみ屋」。
桜刺しの薬味のしょうが・ニンニクを問われて
両方お願いしてみると、
「ハイ、いいですヨ!」—
横のオネエさんと前のオヤジさんが同時にハモッた。
まるで、ヒデとロザンナか、さくらと一郎みたいに―。
いや、いや、このハモリはかなり年齢差があるから
菅原洋一&シルヴィアかな。

さて、何故に馬肉を桜肉と呼ぶのだろう?

咲いた桜になぜ駒つなぐ
駒が勇めば花が散る

元々は伊勢の民謡であったらしく、
それが江戸中期に端唄となり、
幕末には都々逸へと変化していったそうな。
昔の人は実にオサレですなァ。

加えて男を駒、女を花にかけて
男女の秘事を暗示する意味も込められているというから
昔の人はホントにエッチですねェ。
何やら森進一の「花と蝶」めいてくるが
まっ、とにかくそういうことなのだ。

店主のオヤジさんが
冷蔵庫から取り出した馬肉の塊りを切り始めた。
手元に神経を集中する姿が手に取るように伝わる。
”名代さくらさし”を謳うからには
魂のこもり方もひとしおだろう。

横長の四角い皿に盛りつけられた桜刺し。
7枚の薄切りに、しょうが&ニンニクが添えられている。
肉の色はスタンダール・カラーだ。
何だソレは? ってか?
いえ、その、19世紀前半に活躍した、
スタンダールというフランスの小説家がいたでしょ?
サマセット・モームが世界十大小説に数えた、
「赤と黒」という代表作があったでしょ?
馬肉の色が「赤と黒」、要するに赤黒いってことなんッス。
オメエ、また悪いクセ出しやがったな! ってか?
ハイ、スンマソン。

舌にネットリと絡む桜刺しはまずまず。
ただし、薬味のしょうが・ニンニクがいただけない。
ともに粗悪な出来合いの瓶詰は、おそらく中国産だろう。
そのせいで桜肉の魅力は半減、ガックシである。

ここで策謀をめぐらしたJ.C.、品書きに谷中生姜を見つけ、
お替わりのビールとともに発注する。
ちょこんと味噌を付けた谷中を薬味代わりに
名代の一皿をいただいたら
こっちのほうがよっぽど”馬勝った”とサ。

=おしまい=

「むつみ屋」
 東京都台東区浅草橋1-18-6
 03-3866-5078