2019年4月30日火曜日

第2121話 行人坂下ル 禿坂上ル (その2)

行人坂を下りきり、雅叙園前の太鼓橋で目黒川を渡る。
川面には散り果てた桜の花びらがわずかながら残り、
行く春を惜しむように、たゆたっていた。

柳通りから山手通りに入り、禿坂下にやって来た。
禿は”かむろ”、あるいは”かぶろ”と訓じ、
遊郭に住みこんで高級遊女の身の回りの世話をしながら
自らも修業を積む童女のことである。
芸妓の道ならば、半玉(はんぎょく)に当たろう。

坂の名の由来は
元鳥取藩士・平井権八、新吉原「三浦屋」の遊女・小紫、
「三浦屋」の小紫付き禿、以上3人の伝承物語による。

「お若えの、お待ちなせえやし」―
声を掛ける幡随院長兵衛に
「待てとおとどめなされしは、拙者が事でござるかな」—
応えたのは白井権八である。

歌舞伎の演目、「鈴ヶ森」でおなじみのシーンだが
白井権八のモデルとなったのが平井権八。
同僚の藩士を斬殺して脱藩し、
流浪の身となって江戸に入った権八は辻斬り強盗を重ね、
罪を悔やんだものか、
自首して出た末に鈴ヶ森刑場の露と消える。

思い思われる仲となっていた小紫は
権八が葬られている目黒の冷法寺に駆けつけ、
彼の墓前で後追い自死を遂げる。

帰りの遅い小紫の身を案じた禿が目黒に向かい、
彼女の死を知ることとなる。
帰途、坂の付近で暴徒に襲われそうになった禿は
桐ケ谷二つ池に飛び込んで小紫のこれもまた後を追う。
禿の哀れを偲んだ人々はいつしか
この坂を禿坂と呼ぶようになったという。

坂を上ること2分、初訪問のヘアサロン「W」は
中堅スーパー、オオザキの隣りにあった。
新しいビルの1階の路面店である。
よくもまあ、こんな優良物件が見つかったものだと、
感心するとともに一安心。
買い物客の往来激しい場所につき、
これなら新規客の獲得に好都合だろう。
理髪の所要時間は45分。
オーナー夫妻に見送られて店を出た。

並木がすっかり葉桜となった禿坂を上る。
いつぞや訪れた天ぷら店「むら田」は健在だった。
坂を上り切って小山台の交差点。
さァ、ここからは・・・。
最寄りの盛り場はただ一つ。
ノー・チョイスにつき、ノー・スィンクで進路を南に取った。