2019年9月5日木曜日

第2213話 浅草一のロースかつ

だいぶ涼しくなってきた今日この頃。
ちょうどひと月前に上野の「丸一」で
図らずもとんかつの当たりくじを引いたのだったが
またぞろロースかつが食べたくなった。

ノガミ(上野)でカツを食ったなら
エンコ(浅草)でも食わにゃあ、
片手落ち(←使っちゃいけないんだってネ)。
俳諧の巨星、かの松尾芭蕉も詠んでおられまする。

花の皿 カツは上野か 浅草か

てなこって、つい先日、
天丼を食べに来たばかりのエンコへ。
この街のとんかつとくれば、いの一番に「ゆたか」だ。
いや、浅草一どころか誰かが東京一と断言しても
異論をはさむJ.C.ではありまっしぇん。

とにかく好きな店で、品書きのほとんどをいただいた。
ロースやヒレかつはもとより、
豚モノならポークソテーに生姜焼き。
海鮮では海老・帆立・カキのフライにカニコロッケ。
刺身・ぬた・酢の物・塩辛・板わさ・焼き鳥・サラダ類。
未食は茶碗蒸しにあん肝くらいじゃなかろうか。

独りのときはいつも決まってロースかつ定食(2200円)。
早仕掛けの本日もそれでいきましょう。
11時半開店のところ、
10分前に到着するとすでに開いていた。
余裕の一番乗りである。

ようそろ!
奥の2人掛けテーブルに落ち着くやいなや、
温かいおしぼりと熱いほうじ茶が運ばれた。
接客の手際よさといったらない。
厨房からはキャベツを手切りする包丁とまな板の音。
ひっきりなしにトントントン、トントントン。
与作の女房が機を織っているかのようだ。

はい、やって来ましたロースかつ。
当店はとんかつもさることながら
寄り添うキャベツが他店の追随を許さない。
そのしどけなさに目が舌が悩殺されてしまう。

とうふと三つ葉の赤だし、細切り大根の塩もみが脇を固める。
もちろん、白飯の炊き上がりに寸分の狂いなし。
(幸せだなァ、僕は君たちを食べるときが一番幸せなんだ
 僕は死ぬまで君たちを食べ続けるぞ、いいだろう?)

繊細極まりないロースかつ。
にっぽんの歌に例えると、上野「丸一」のそれは渋い浪花節。
一方、浅草「ゆたか」は小粋な小唄だろうか―。
ふと、窓辺に視線を移せば、庄子の向こうに網戸と格子戸。
軒先には江戸風鈴が揺れている。
こんなとんかつ屋はこの国に
いや、この星に2軒とあるまいて。

「ゆたか」
 東京都台東区浅草1-15-9
 03-3841-7433