2019年9月23日月曜日

第2225話 区をながれゆく (その1)

かれこれ30年も昔のハナシだが
池波正太郎翁の秀作「雲ながれゆく」を読んで
ヒロイン・お歌に深く感じ入ったことがあった。
老舗菓子舗の若後家にすっかり魅了され、
彼女の大ファンになってしまった。

都内の空気が夏から秋に入れ替わる前の残暑きびしい午後。
意を決して墨東・亀戸の町に乗り込んだ。
この日はここを皮切りに東へ東へと移動しながら
飲み歩くつもりでいた。
それも江戸市井の町人、あるいは御徒(おかち)よろしく、
あくまでも徒(かち)でネ
「雲ながれゆく」のお歌転じて、J.C.は「区をながれゆく」。
何軒寄れるか判らぬが、はしご酒の始まり始まり。

江東区在住ののみともから
亀戸の香取神社参道に
豚レバーをウリとするカフェ風居酒屋があると聞き、
食指が動いた。
よしっ、そこを振り出しにしようじゃないか―

香取神社はスポーツ振興の神を祀っている。
だけどサ、そもそも1350年も以前の大和の国に
スポーツの概念があっただろうか?
よくよく考えてみれば、
蹴鞠や流鏑馬もスポーツっちゃあスポーツだけど―。

駅から10分歩いて「N」に到着。
当店はレバーをバンズにはさんだ、
レバーガーなんて珍品まで出すらしい。
そいつを肴に生ビールを1杯いただく腹積もりだ。
何たって、はしご酒の天敵は
胃袋をズドンと襲う、重めの食いモンだから
バーガー1個にとどめておくのが無難なのだ。

しばし店先にたたずむものの、いかんせん人の気配がない。
営業はしているようだが何となく入店を拒む空気が漂う。
ここは回避するのが賢明と、直感がささやきかけてくる。
店主一人に客一人、静けさだけが降り積もる。
そんな状況だけはご勘弁願いたい。
ちょいの間、思い悩んで致し方なく駅へと引き返した。
往復20分、あんまりよくない汗をかいちまったぜ。

ここが苦労の始まりだった。
レバーガーを焼き餃子に切り替え、
2皿しばりを承知のうえで「亀戸ぎょうざ本店」に赴くと、
あにはからんや長蛇の列。
以前から人気店だったが列なんか見たことない。

ガードをくぐって南口に回っても適当な店は見つからない。
それもそうだヨ、まだ16時前だ。
ここは昼飲み、あいや朝飲みにさえ事欠かない、
エンコやノガミじゃないもんねェ。

=つづく=