2020年7月22日水曜日

第2442話 思いがけない タルト・フレーズ (その1)

前世期と今世紀をまたぐ西暦2000年前後、
赤坂にはしょっちゅう来ていた。
それがここ数年はすっかりのお見限りである。

「河鹿」でランチを食べたあと、
せっかくなので昔よく歩いた、
みすじ通りから一ツ木通りを流してゆく。
ほどなく耳の奥からハスキーヴォイスが流れてきた。

♪   夜霧が流れる 一ツ木あたり
  冷たくかすんだ 街の灯よ
  虚ろなる心に たえずして
  涙ぐみひそかに 酔う酒よ
  身にしむ侘しさ しんみりと
  赤坂の夜は 更けゆく   ♪
   (作詞:鈴木道明)

西田佐知子が歌った「赤坂の夜は更けて」は
1965年10月のリリース。
島倉千代子との競作だったそうだが
千代子版は聞いたことがない。

西田佐知子という歌手は
その後の結婚&引退が惜しまれるほどに素敵だった。
夫君は「サンデー・モーニング」でお馴染みの関口宏。
どうでもいいことだが姉さん女房より四つも若い。

昼下がりなのに夜更けの赤坂の歌を聴きながら
ぶらぶらしていると、1軒の洋菓子店に差し掛かった。
過去、何度も前を通り過ぎた「しろたえ」は
人気度、知名度ともに赤坂で
断然トップのケーキ屋ではなかろうか。

店先にはいつも行列や人だかりが絶えないのに
この日はスッキリ、サッパリ。
不意に身体が反応して入店に及ぶ。
どうも考える前に行動が先立つ傾向があるんだ。
若い頃、大江健三郎を読み耽ったせいで
”見る前に跳ぶ”精神が培われてしまっているんだ。

実はこの店を通りかかるのは女性連れのときがほとんど。
彼女らは異口同音に此処のケーキを食べたがる。
そのたびになだめすかして素通りさせた女は数知れず。
というほどではないにせよ、幾人かいたことは確かなり。

スッキリとした店先とは裏腹に
店内は数人の客がショウーケースの前で
好みの菓子の選別に余念がなかった。
今日のJ.C.は2階の喫茶室に上がるつもり。
階段下にたたずみ、スタッフの案内を待っていた。

=つづく=