2011年9月13日火曜日

第139話 地獄でタコハイ (その2)

パキスタン最大の都市、カラチでの昔話。
投宿したホテルのバーで
バーテンダーに「ビールはない!」と言われたところだ。
それはないぜ、セニョール!

ビールのないバーなんて

クリープのないコーヒー
柄の折れた肥ビシャク
紐の切れた越中ふんどし
よだれかけのないお地蔵さん

ボーナスの出ない株式会社
スピードの出ないアルファ・ロメオ
唄を忘れた美空ひばり
足の短い石原裕次郎
寅さんの出ない「男はつらいよ」
ミッキーのいないディズニーランド
ソープ嬢のいないソープランド
セックスのない夫婦生活
(これはあり得る)

キリがないからこのへんでやめとくが
みたいなモンである。

早いハナシがパキスタンは禁酒国に変身していた。
クーデターでブットー政権を倒し、
大統領の座に着いたジア=ウル=ハクが
国家のイスラム化を強力に推し進めていたのだ。
サウジ並みに石打ち刑など、残虐な刑罰が導入され、
飲酒もご法度の憂き目を見ていた。
ただし、バーテンダー曰く、市内に3軒ある高級ホテルだけは
外国人に限って酒を出すとのこと。

翌日、そのうちの1軒、インターコンチネンタルに引っ越した。
さっそくバーに赴いたが今度は明るいうちはダメときた。
仕方なく日が暮れるまでプールサイドで甲羅干しにいそしむ。
するとそのプール、やたらに日本の若い女性が多いのだ。
10人近くはいたろうか、加えて日本人のオジさんも2人。
しばらく考えて、おそらく女子大の教授と教え子たちが
モヘンジョダロの見学にでも来たものと思われた。

たまたま隣りのデッキチェアに腰を下ろした、
うら若き乙女に意を決して訊ねかけると、
何のことはない、一行はJALの乗務員であった。
昨日からの経緯に耳を傾けてくれた親切なスッチーさん、
「ちょっと待っててください」―そう言い残して館内へ。

5分ほどで戻った彼女が手にしていたのは
サントリーのタコハイ、いわゆる缶チューハイであった。
それもよ~く冷えたヤツを1缶くれたのだ。
Oh、ギャル! JALのギャル!アンタはエラい!
ビールのほうがよかったがゼイタクは言ってられない。
まさに地獄で仏とはこのことだ。

人影消えて日が暮れて、ホテル最上階のレストランへ。
宿替えのため、思わぬ出費を強いられたのにもめげず、
半ばヤケクソでビールにワインまで飲む気になっていた。
パキスタンとはいえ、ワインにいくら取られるんだろう?
独り席に着き、おもむろにビールの銘柄を訊ねると、
ウエイターが首を横に振りふり、のたもうた。
「人目のあるレストランでリカー類はお出しできません」
「ハア? おい、おい、ふんじゃどこで飲めるんだべサ?」
「はい、ルームサービス限定でございます」
俺らこんな国いやだ!