2012年9月11日火曜日

第401話 結局は甲府盆地 (その3)

その日の夜もまた甲府の街。
真昼の猛暑と打って変わり、夜は過ごしやすい。
これが盆地の特性だ。

ところでJ.C.の目を再び点にしたのはどんな光景だったのか。
店名をご覧くだされ
永井荷風の「断腸亭日常」を読まれた方ならピンと来られよう。
かつて銀座の目抜き通りにあった「富士アイス」。
荷風が一時期、足繁く通った洋食店である。

実はこの日の昼、とんかつ「美味小家」の行き帰りに
朝日通りの角で「富士アイス」なる店舗を見掛け、
気になりはしたが時間に追われる身とてうっちゃってきた。
ところが線路の反対側の商店街でまたもやこの「富士アイス」。
しかもアタマにちゃんと銀座の文字を冠している。
これは看過できませんゾ。

メニューはかなりしっちゃかめっちゃか。
まぐろブツだのつけめんだのととりとめがない。
昼のロースカツが効いて空腹感はないが
野菜炒めハーフ(420円)というのを見つけ、
これならとお願いしたものの、けっこうな量だった。
野菜の下に豚肉が隠れていた  
注文を取ってくれた女店主に店名の由来を訊くと、
先々代が名付けたこと以外は何も知らないらしい。
おそらくこの爺さんが荷風のファンだったのだろう。
東京・銀座の「富士アイス」のことすら彼女は知らなかった。
朝日通りの店舗はここの暖簾分けで、長野の岡谷にもあるようだ。

「どうして本店だけに”銀座”が付いているの?」
「だってここは銀座通りですから・・・」
「エ~ッ、ここが銀座通りなの?」
珍妙なやりとりだが彼女は正しい。
そう、このアーケードは甲府銀座であったのだ。

これ以上、女店主と会話を続けても新しい情報は出てこまい。
長居は無用とばかり腰を上げた。
はて、どうしたものか?
バーでは地方色が薄まるし、かといって重いものは受けつけない。
そこで入ったのがこの店だ。
インパクトある店名に惹かれた
総州屋でも総武屋でもなく、総理屋ときたもんだ。
まさか失脚した元総理が転職したのではなかろうな。

店内はいたってフツー。
居酒屋食堂といった風で地元のサラリーマンが酒交している。
品書きに面白いのを見つけた
ふ~ん、炒めしねェ、言い得て妙じゃないか。
焼きめしではない、炒めめしをイタめしにかけたワケだ。

屋号といい、メニューといい、店主は洒落者かもしれない。
と思いきや、厨房から現われた姿はいたってフツー。
もっとも人は見掛けによらんか。
炒めめしを収める余裕をわが胃は持たず、冷奴でビールを飲んだ。
冷えて美味いが生姜はほしい

甲府との初夜が野菜炒めと冷奴ではいささかわびしい気がしたネ。

=おしまい=

「銀座富士アイス」
 山梨県甲府市中央1-14-12
 055-233-4634

「総理屋」
 山梨県甲府市丸の内2-16-7
 055-222-6110