2012年9月18日火曜日

第406話 文学青年と夜明かしの巻 (その1)

J.C.本を携えては東京の町々を食べ歩く若者がいる。
現役の東大大学院生で専攻はフランス文学。
ってことは半世紀を超えて大江健三郎の後輩だ。
好きな作家はバルザックだと言う。
仮にブンガククンと名付けておこう。

昔から東京大学と縁が深いこともあり、
(いえ、ときどきキャンパスを横切ってるだけですが・・・)
一夜、飲みに連れ出すことにした。
待ち合わせたのは荒川区・南千住。
日比谷線南口改札のすぐ横にある「大坪屋」をスタート点とした。
かれこれ数年ぶりの再訪だが、
相変わらず女将サンの勢力が他を圧倒している。
この人に逆らったら一緒に働く旦那も息子も
たとえ客ですら南千住で生きてはいけない。
意外なことにフラメンコ・ダンサーとしての側面を併せ持つ。
なるほど、あの踊りは勢力ならぬ、精力を必要とするからネ。

最初の1杯は酎ハイにした。
ビールはどこででも飲めるし、
こういう店に来たら名物を試したほうが彼のためだ。
つまみはまぐろ刺し、牛煮込み、焼きとんのレバ。
痩身のブンガククンながら食は相当に太い。
何せ、銀座の炒めスパゲッティ屋「ジャポネ」の
横綱サイズをを完食したというから驚きだ。
したがってつまみのほとんどは彼の胃袋に消えてゆく。
ホッピーの白を2杯目として早々に移動した。

彼にとっては初めて歩く山谷の町が新鮮であろうヨ。
そのファサードは東京随一、「大林酒場」の前にやって来た。
ちょいとばかり開いた引き戸のすき間をのぞくと、
オヤジのギョロ目とバッチリ目線が合ってしまった。
こりゃヤベエ!
ブンガククンの頬はすでにほんのり桜色、
こりゃオヤジに見破られるに違いない。
この店、ヨソで飲んできた客は入店不可なのだ。

近所の「丸千葉」に向かったところ、
こちらは満席で入店不可と相成った。
いいでしょう、いいでしょう、
こちとら界隈じゃ、ちったあ知られたおアニイさんでェ、
策はほかにいくらでもあるかんネ。

土手八丁を横切り、吉原のソープ街に足を踏み入れた。
彼の目には山谷よりも新鮮、かつ刺激的なハズ。
「お二人サン、いかがでしょう?
 写真だけでも見てってください!」
黒服たちの声を背中で聞き流し、
脇目も振らずにただ前進あるのみ。

それにしても景気が悪いや。
出入りする客をトンと見掛けないもの。
こんな状態じゃ、
黒服どころか娘たちは食べていけるのだろうか?
他人事ながら心配になってきた。

=つづく=

「大坪屋」
 東京都荒川区南千住4-4-1
 03-3801-5207

「森田屋」
 東京都台東区浅草5-33-2
 03-3873-2218