2014年7月2日水曜日

第872話 なぜに演歌は北へゆく? (その1)

 ♪ 窓は 夜露に濡れて
   都 すでに遠のく
   北へ帰る 旅人ひとり
   涙 流れてやまず  ♪
     (作詞:宇田博)

1961年のヒット曲「北帰行」は小林旭が歌った。
作詞の宇田博は作曲も手がけている。
原曲が生まれたのは1941年、日米開戦の前夜であった。
当時、宇田は旧制旅順高校の二年生だったという。

演歌の世界では世を棄てた男も
心傷ついた女もこぞって北を目指してゆく。
なぜだろう?  なぜかしら?
その疑問に対しては、のちほど考察を加えるとして
しばし流行歌としての演歌を俯瞰してみよう。

オープニングの「北帰行」を筆頭に
ザッと挙げても、同じく小林旭の「北へ」、徳久広司の「北へ帰ろう」、
石川さゆりの「津軽海峡・冬景色」、都はるみの「北の宿から」。
吉幾三の「海峡」、山川豊の「函館本線」と
よくもまァ、みんな揃って北に向かうものだ。

石原裕次郎にいたっては
「北の旅人」、「赤いハンカチ」、「夕陽の丘」と北のオンパレード。
そんな裕次郎ナンバーの中にあって
意表をつかれるのは「北国の空は燃えている」である。
まずは歌詞をご覧くだされ。

 ♪ おきき瞳を閉じて 波の音がする
   別れに来たのに もう発つのか
   枯れた唐きびゆれる さいはての駅で
   淋しさかくして 俺は口笛吹く
   気をつけて 元気でな 幸せになれよ ♪
           (作詞:岩谷時子)

作詞はあの岩谷時子だ。

さて、舞台の特定はできないが北海道であることは確かだろう。
この曲が珍しいのは恋人と別れて新しい人生を歩み始める女性が
北海道のさいはての駅を発つところである。

向かうのはおそらく東京であろう。
これはいわゆる定番の逆バージョンで
極めて稀少なケースといわずばならない。
去ってゆくオンナに未練を残しつつ、
ヤセ我慢をしているオトコが独り、
駅のホームに立ちつくす姿が目に浮かぶ

=つづく=