2014年7月14日月曜日

第880話 秀治爺さんが愛した酒場 (その3)

渋谷随一の立ち飲み酒場、
「富士屋本店」の止まり木に独り止まっている。
天然の平目を粉わさびで味わいながら、
今宵のこれから先を思案する。
残り少ないビールをコップに注いで
とりあえずもう1本所望した。

目の前のカウンター内では
背の低いアンちゃんがサカナを焼いている。
グリラーに張りついているのではなくて
他の仕事をこなしつつ、時折り焼け具合を確かめに戻るのだ。

察するに三枚おろしのサバであろう。
いい匂いも漂ってきたではないか。
小柄なアンちゃんに一応、魚種を確かめたうえで注文した。
焼き上がるまでそこそこの時間が掛かるのは覚悟のうえだ。

壁の色紙群をぼんやりと眺めていた。
名バイプレイヤーとして名を馳せた、
大滝秀治の色紙が3枚まとめて並んでいる。
大滝翁がこの店を愛したことは知っていた。
でも、色紙の存在に気づいたのは今日が初めて―。
何となれば、J.C.が陣取るのはいつも左手奥だったからネ。

秀治爺さんの3枚の色紙はかくの如し。

1枚目
 ”もう駄目だと思ったり まだやれると思ったり”

2枚目
 デフォルメした自画像 ちょいと頑固な爺さん風 文言ナシ

3枚目
 ”仕事は火事場のバカ力”

いずれも気取りがなく、好感が持てる。

それにしても「富士屋本店」、
いくら常連といっても3枚は書かせすぎだろう。
このあたりが下町とは異なるところ。
渋谷はあくまでもビジネスライクだ。

焼きあがったさば塩焼きには
大根おろしがたっぷりと添えられている。
これはありがたい、そして評価したい。

両隣りはそれぞれにカップル。
定番のハムキャベツをつまんでいる。
そのうちともに追加したのが、はんぺんチーズだ。
ふうむ、こういうものが若者に人気なのか・・・。
試してみようと思ったものの、どうにも食指が動かず、
夕暮れの渋谷の街に出た。

「富士屋本店」
 東京都渋谷区桜丘町2-3 富士商事ビルB1
 03-3461-2128