2017年6月27日火曜日

第1653話 60年の月日を数えて (その8)

舞い戻った「たちばな」のカウンター。
一番搾りの中ジョッキで乾杯する。

突然ハナシは翔ぶが
赤羽の街はずれに岩淵水門がある。
奥秩父を源とする大河・荒川に
ここで産み落とされるように泣き別れるのが隅田川だ。

東京を代表するというより
江戸っ子の魂というにふさわしい隅田川は
岩淵水門から東京湾に注ぐまで
たかだか25kmに満たない中河川にすぎない。
浅草の吾妻橋辺りより下流は
江戸っ子に大川と呼ばれて愛された。

吾妻橋のたもとにはアサヒビールの本拠地がある。
日が悪かったのだろう、
浅草と隅田川でつながっていながら
赤羽ではサントリーとキリンのWパンチを浴びた。

それでもホッピーで急場をしのいだあとだけに
一番搾りがノドにさわやかだ。
心なしか生き返ったような気がした。
何のことはない、けして嫌いじゃないんだネ。

気を遣ったマダムがチョコチョコとつまみを並べてくれる。
食べるほうは後輩に一任し、
先刻もいただいた米沢の雅山流 葉月をアンコール。
う~む、紛れもない美酒ですな。

鼻腔と味蕾に残る葉月の余韻を楽しみながら
頃合いを見計らって切り出した。
「この毛筆、ずいぶん目立つよネ」
「ああ、コレ? Kサンって方の会社の製品なのヨ」
忘れもしないお名前がマダムの口から出た。

「Kサンって、社長サンでしょ?」
「ええ、70歳超えたみたいネ」
あゝ、やはり・・・。
60年前、やんちゃにも酒を酌み交わした相手は
しっかり社業を継いでいたのだ。
J.C.より5つか6つ年長のハズだから
もはや疑いの余地はない。

マダム曰く、Kサンは当店の常連とのこと。
この店に通いつめれば、
いつの日か再会の機会に恵まれよう。
でも先方は覚えちゃいまい。
こちらは非日常だから記憶が鮮明なれど、
あちらにとっては毎年行われる社内旅行は日常事に近い。

はて、どうしたものかなァ。
思いをめぐらせた末、
自然な時の流れに任せるのが
一番との結論に達した次第であります。

=おしまい=

「酒房 たちばな」
 東京都北区赤羽1-18-6
 03-3902-5536