2019年10月21日月曜日

第2245話 とんかつ屋の「東京物語」 (その2)

百貨店・上野松坂屋の真裏に位置する「蓬莱屋」。
瞠目したのは”東京物語膳”なる新メニューだった。
いや、何せ17年ぶりの再訪につき、
かなり前に発案されたのかもしれないが
いくら何でも「東京物語」を持って来るかネ。
まっ、”秋刀魚の味膳”ってわけにはいかないわな。

数量限定特別膳と称された、その陣容は
一口かつ2つ 串カツ2本 ヒレミンチ1つ
これが2460円也。
ただし、周りの誰も注文していない。
客はほとんどみなヒレカツ定食一色である。

こういうメニューを発注するのは、ちとテレくさい。
意を決して
「東京物語、まだありますか?」
訊ねると、
中国系と思われるお運びの女性が
「ハイ、あります」
「じゃ、ソレを―」

揚げ手の店主と二番手はむろんのことに
カウンターに席を取ったすべての客が
このやりとりを聞いているのは明らかだ。
さいわい、懸念した売切れもなく、すんなり注文が通った。
いきなり「東京物語膳を下さい!」というのより、
恥ずかしさも半減している。

では冷えたビールでもいただきましょう。
ありゃりゃ、生はアサヒの熟撰、
瓶はエビスときたひにゃ、逃げ場を失ったも同然だ。
サッサと食べて何処かに移動し、そこで飲めばよし。
 
おしぼり(ウェットティッシュ)と
緑茶が急須ごとサーヴされる。
大して待たされることもなく”物語”が整った。
”膳”を謳うだけあって松花堂仕立てである。
カツのトリオのほかは
繊切りキャベツ、きざみ高菜、黒胡麻を振ったごはん。
少な目のキャベツとごはんはともにお替わり可。

そして、おう、コレ、これ。
(歓迎してるんじゃなく、むしろあきれてる)
昔と変わらぬそば猪口入りの味噌汁には
これまた変わらぬインゲンの小片が律儀に2つ。
したがって当店の味噌汁は
味噌椀と呼べず、味噌”碗”ということになる。
東京中探してもこんな店はほかにない。
と、思いきや、忘却の彼方から一すじの光が射してきた

=つづく=