2019年10月31日木曜日

第2253話 意外なところで星がれい (その1)

京急蒲田駅前のアーケードを抜けて目指したのはJR蒲田駅。
胸に秘めた一案とは「三州屋本店」で一飲に及ぶこと。
都内に数多ある「三州屋」の本家本元がこちらである。
もっとも今となってはみな暖簾分けでそれぞれに独立採算制だ。

2年半ぶりに敷居をまたいだ。
底辺の短いL字形カウンターの長いほう、
その真ん中あたりに落ち着く。
オネエさんにサッポロ黒ラベルの大瓶をお願いした。
すると、小首を傾げた彼女曰く、
「キリンなんですけど・・・」
虚を衝かれてサッポロ赤星の有無を訊ねると、
瓶はキリンのクラシックラガーとエビス、
生はキリンラガーのみだという。

ことここに及んで遅ればせながら思い出した。
そうだった、この本店だけはキリン主体なんだヨ。
他の「三州屋」はいづれも、
ビールはサッポロ、清酒は白鶴と相場が決まっている。

多摩川の向こう側、生麦事件の勃発した生麦には
キリンの製造工場があるからネ。
都内といえども大田区・蒲田は
神奈川県の川崎や横浜同様に、キリンのシマなんだろうな。
ここは多少なりとも苦みが抑制される(されたように感じる)、
生のほうを中ジョッキで所望する。
突き出しはわずかながらもしらすおろしで
先ほどの「井戸屋」とかぶった。

壁の品書きを見上げて、そっくり返りそうになった。
何と稀少な星がれいの刺身があるじゃないか。
意外なところで遭遇したものだ。
しかも、この高級魚の刺身がたったの580円。
売切れの憂き目を見る前に即刻、発注した。
ちなみに刺身は平目も本まぐろも同値であった。

星がれいは真子がれいをしのいで
カレイ類の頂点に立つ、美味の極み。
もっとも刺身で食べてこそで
煮付けなら東のナメタ、西のメイタということになろうヨ。

こうして活字にすると判り易いが
会話中に”ホシガレイ”と聞いたら
干しがれいをイメージする向きが多かろう。
赤字覚悟で仕入れた店の心意気を
「干したカレイなの?」-
客にこう返されたひにゃ、立つ瀬がないやネ。

運ばれた星がれい刺しは立派な5切れに加え、
厚みのあるエンガワが2片。
朝締めの新鮮な身肉は死後硬直が解けておらず、
食感はコリコリのシコシコ。
これが破格の580円ときては
恐れ入谷の鬼子母神、びっくり蒲田の星がれいであった。

=つづく=