2011年12月19日月曜日

第208話 パイを子守の歌と聞き (その1)

♪    生まれてしほに浴(ゆあみ)して
   浪を子守の歌と聞き
   千里寄せくる海の氣を
   吸ひてわらべとなりにけり  ♪
         (作詞:宮原晃一郎)


小学唱歌「われは海の子」、二番の歌詞である。
2006年12月15日に
文化庁と日本PTA全国協議会が選定した、
「日本の歌百選」にも選ばれている。
百選のつもりが、どうにも絞り切れずに101選となってしまい、
その101番目がこの曲なのだ。

唱歌や歌曲では「赤い靴」・「あの町この町」・
「みかんの花咲く丘」・「月の沙漠」・「荒城の月」などなど、
流行歌や歌謡曲では「いい日旅立ち」・「秋桜」・
「上を向いて歩こう」・「川の流れのように」・「高校三年生」・
「世界に一つだけの花」あたりが選ばれている。
いかにもお堅い文化庁やPTAがお選びになったという歌ばかり。

個人的には「有楽町で逢いましょう」・「赤いハンカチ」・
「恋のバカンス」・「涙の連絡船」・「よこはま・たそがれ」・
「よろしく哀愁」・「私鉄沿線」なんかを入れてほしかった。
どうやら色恋沙汰はハナからいけないらしい。

それなら「学生時代」は外せないと思うんだが
あれってちょっとレズッぽいから、そこが災いしたんだろうネ。
「無法松の一生」や「唐獅子牡丹」は望むほうがムリだわな。
「山谷ブルース」もアカンわな。

J.C.は幼少のみぎり、毎晩ではないが
浪音ならぬパイの音を子守の歌と聞いていた。
パイといってもアップルパイやピザパイのそれじゃありやせんぜ。
ましてやペチャパイ、デカパイのそれでもない。
パイはパイでも牌なんですネ、そう、麻雀牌である。

当時、亡父はしょっちゅう自宅で接待麻雀を繰り広げていた。
相手は長野県庁・土木課(こんな課あるかな?)の職員たち。
いざ始まれば、徹夜とまではいかなくとも
深夜に及ぶことがほとんどだった。
二階で寝ていたので階下から聞こえ来る、
洗牌(シーパイ)のジャラジャラ音を子守唄としたものだ。
子どもだったせいか、音はあまり気にならなかった。

むしろイヤだったのはカツレツを揚げる油の匂い。
わが家では麻雀とカツレツは常にセットになっており、
チー・ポンが開始されると、亡母がカツを揚げ始める。
揚げ物は打牌しながら食べやすい。
当時の二大ご馳走はステーキとカツレツだったが
麻雀時に食べにくいテキは駄目でも
冷めても美味しいカツはバッチリなのだ。

しかし、あの油の匂いは子ども心をユーウツにさせた。
そのせいで小学校の低学年までトンカツを受けつけなかったほど。
揚げ物つながりで給食に出た鯨の竜田揚げも好きじゃなかったし、
竹輪の磯辺揚げにいたっては
いつか当ブログでも書いたが忌まわしき食いもんだった。
それが人間の嗜好というヤツは
変われば変わるもんなんですねェ。

=つづく=