2013年2月18日月曜日

第515話 アネゴと味わうアナゴ (その3)

1978年、初めて「弁天山美家古寿司」を訪れたときの相方は
千葉県・我孫子市在住のR子だった。
当時、J.C.も千葉県の松戸市に棲んでおり、
互いに都合がよいからと足立区・北千住でよく飲んだ。
北千住・松戸・我孫子は地下鉄・千代田線でつながっている。

35年の歳月を経た今年、
つけ台の隣りにいる姐御の名もR子、漢字の綴りも同一だ。
まったくもって、歴史は繰り返すものなんだネ。

当夜は「神谷バー」で生ビールを飲んできたから
いきなりの清酒・大関に、突き出しは墨いかのゲソが出た。
こんな小物ですら、ちゃんと甘酢にくぐらせてある。
今どきの鮨屋には、ぜひ見習ってほしいシゴトじゃないか。

つまみは取らずに徹頭徹尾、にぎりでいった。
皮切りは「美家古」名代の平目昆布〆。
思い出すなァ、35年前のあの鳥肌を。
煮きりを一刷毛、スッと置かれたところを間髪入れずに口元へ。
昆布が勝ってしまうとクドくなるが、ちょうどいい塩梅だ。

お次はキス・酢あじ・小肌と光りモノの三連荘。
たまらないなァ、好きだなァ。
酢の効きがちゃあんと三段階で深まってゆく。
酢あじをわさびでやったら最後、
ねぎ・生姜風味のたたきなんぞ食べる気がしなくなる。
小肌の酸っぱさは東京でも指折りだろう。

皮目をを残した松皮造りの真鯛が白眉。
鯛の旨みは皮と身のあいだにあり、果物のりんごと一緒だ。

ひと息入れて煮いかを。
平成の時代に移り、この種を置く鮨屋がめっきり減った。
ときおり小槍いかの印籠詰めを見掛けるが
J.C.はするめの煮いかを好む。
パキッとした歯応えを槍いかに求めるのは酷だからネ。

グッドサイズの赤貝と世にも珍しい真かじきの昆布〆。
どこにでもあるめかじきと
めったにお目に掛かれぬ真かじきは別もので
薄いオレンジを帯びた身肌に色気が漂っている。
サカナにせよ、オンナにせよ、
生まれ出でたからにゃ、こんな美肌の持ち主でありたかろうヨ。

姐御に車海老をすすめ、こちらはひと休み。
五代目との会話を楽しむ。
35年前、常連のために折詰をこさえているところを
「またイタズラしていやがる」と先代に皮肉られていた彼も
すでに古希まぢかである。
月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。

かつてJ.C.の目がしらを熱くさせた穴子は
あのときと同じように下半身を煮きり、上半身を煮つめでやった。
これこそが真実の穴子である。
舌の上でとろけるようなのは歯が抜けてから食えばよい。
傍らでアネゴがアナゴに感じ入っている。
さもありなんて―。

締めに芝海老でこしらえた極上のおぼろを
巻き簾でピシッと巻いてもらった。
いつの頃からか、手巻きなどとくだらんモンが流行りだしたが
あんなモンは週末にでも、子どもと一緒に家で食えばよい。
鮨屋では食うほうも食うほうなら、巻くほうも巻くほうで
美学の欠如は人生を味気ないものにしてしまう。

夜の更けた浅草の街は行き交う人もまばら。
夜風に吹かれながら二天門をくぐって浅草寺の境内へ。
目指すは行く先を失くしたオヤジたちの吹き溜まり、
その名もホッピー・ストリートであった。

=おしまい=

「弁天山美家寿司総本店」
 東京都台東区浅草2-1-16
 03-3844-0034