2016年8月8日月曜日

第1420話 浅草の奥深し (その2)

台東区・橋場は「山海」のカウンターに二人。
ビールで乾杯するとすぐに突き出しの胡麻豆腐が整った。
たたずまいが美しい
もう、この一品だけで
当店が居酒屋の域を超えていることが伝わってくる。
そう、ここは居酒屋ではない、料理屋なのだ。
こんな風に迎えられると食べ手の気持ちがキリッと引き締まる。

しばし意見を交換し合い、最初の注文は初かつおと車子。
相方ともども、かつおは秋の”戻り”ではなく、
春先から初夏への”上り”が好み。
コッテリと脂が乗ったのよりも、アッサリと爽やかなのがよい。
これは外せない。

車子は江戸前が壊滅状態となって久しい。
シャコの水揚げ港、三浦半島の小柴は再起不能かもしれない。
江戸前滅亡のあとは瀬戸前が
この伝統的鮨種の命脈を継いでくれている。

岡山・香川が今となっては主な産地で
あとは九州・天草、北海道・小樽あたりだが
小樽のはヤケに大きくてにぎり鮨には向かない。
と言っても、香港のジャンボサイズほどではないけれど―。

胡麻豆腐を食べ終えた頃、
かつおと車子が仲良く一緒盛りで運ばれた。
どちらも見た目は上質
この時期にこのクラスの店舗で
解凍品のかつおはまずあり得ないが
品薄の車子は実際に目にするまで安心できない。
でも、これなら大丈夫。
車子が大きく、かつおが小ぶりなのは遠近感のいたずらだ。

半量のかつおは尾に近い部分(芽ねぎの下)で旨みがいま一つながら
上身(穂紫蘇の下)はとてもよかった。
生のスライスにんにくを所望すると、
おろし済みのものしかないと言う。
おそらくチューブだろうがベター・ザン・ナッシング、いただいておく。
ほとんど生姜と茗荷のお世話になりましたがネ。

問題は車子用のわさびである。
見るからにニセなのだ。
実は入店の際、カウンターの片隅に
大きめのグラスに入れられた立派な本わさびを目にとめておいた。
当然、ソイツがやって来ると思っていたから大きな期待はずれだ。

「割増しでもいいから、おろし立ての生わさびくれませんかネ?」―
厨房の板前さんに声を掛けると、
「あっ、ハイッ!」
イヤな顔もせずに即答であった。

=つづく=